カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年02月22日

近江谷 克裕
第96回 Elucをめぐる旅の物語-会議室にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
「タイプライターを見たことがない」と社会人2年生は会議の合間に言った。さらに、「ところでワープロって」と聞いてきた。タイプライターは一発勝負の英文作成機、ワープロはパスコンのワードしか機能がない印刷機、でも初期のころは数行しか液晶表示がなかったなんて話をした。さらに、その時代は和文タイプライターもあり、医学部なら専属のアシスタントがいたなんて、私の昔話は脱線しまくり。私が大学院博士課程の頃だから、30数年前のことだ。

今の若者にはポケベルも過去のこと、彼は見たこともないらしい。確かに彼らは10代の時から、いきなりスマートフォンを持った世代だ。世界を見渡せば、町中にカメラが設置され、AIで画像確認すれば、個人の特定、管理などお手のもの。ドローンが飛んできて、いきなり逮捕なんて、映画ターミネータで描かれた2029年の世界は現実化しつつあるのかもしれない。しかし、この映画が作られた1984年は、つくば万博の前年だ(写真1,2)。こんな世界を30年以上前に想像した映画人の想像性には驚かされる。では、今後の20年、30年はどうなるのだろうか。世の中はバックキャストというが、凡人の私には想像は難しい。

さて、私たちは発光色の異なる甲虫ルシフェラーゼを利用した複数遺伝子の発現解析を可能としたマルチレポータアッセイを開発した。さらに、これを用いた皮膚感作性試験法も併せて確立、数年前にはOECDのガイドライン化に成功した。私はマルチレポータアッセイを生み出した時点(2005年)から測定の精度管理が気になり、もっと正確に発光量を測定したいと考えていた。そこで東大物性研の友人や企業の方とプロジェクトを組み、微弱に発光する基準光源の開発を実施、数年前に基準光源として商品化した。

一方、産総研の仲間たちは2010年代から始まったISO276 バイオテクノロジーの国際標準化の中で、レポータアッセイ等で使用される光検出器の標準化に、世界に先駆けて挑戦を始めた。彼らは私たちが開発した基準光源に注目、併せて私が発表した論文をベースに国際会議で、「基準光源で発光計測装置を校正してから測定する」というシンプルな案をISOの会議で提案した。今のペースだと、数年以内にはISO標準に文書化される運びであると、最近うれしい知らせを受けた。

うまい具合に私たちが開発した基準光源とISO標準がマッチしたことになった。しかし、このように進むことを、私がどこまで想定したのかは疑問がある。少なくともバックキャストで20年後に訪れるらしい光計測のISO標準までを想定したものではなく、自分の思う理想の形を追求し、その実現をするための延線を進んだだけのような気がする。

今の社会は将来のあるべき姿を想定したバックキャストが大流行であるが、ちょっと待てと言いたい。すべての研究者が10年後、20年後を想像することに意味があるだろうか?研究者はSF作家にもなければ預言者でもない。現在の立つ位置に、地に足が着いたアイディアをフォーキャストで考えることこそ重要なはずだ。なぜなら、何度も何度も打ち直したタイプライターの不便さがワープロを作ったように、大きなコンピュータの持ち運びの不便さがパスコンそしてスマートフォンを作ったように、私たちが生み出した確かなプロットが、いくつも結ばれ、その外挿点こそ、次の世界であるはずだと信じたい。
  • 写真1 つくばエキスポセンターと筑波山
    写真1 つくばエキスポセンターと筑波山
  • 写真2 中央のH-IIロケット実物大(高さ50m)の模型はやはり大きい
    写真2 中央のH-IIロケット実物大(高さ50m)の模型はやはり大きい
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn