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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年03月18日

近江谷 克裕
第97回 Elucをめぐる旅の物語-TVニュースを前にして-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
生きている間に、こんな大掛かりな戦争が起こるなんて!と思うこの頃。シリア、ソマリア、ミャンマーなど内戦状態の国はある。また、アフガニスタン紛争などで多くの人命が失われたのも事実だ。しかし、今、ウクライナで起きていることは、第2次世界大戦級の衝撃を与えるような戦争である。これほどのことが21世紀に起きるとは想像できなかった。2年前に隣国ルーマニアを訪問したが、東欧圏におけるロシアの存在は日本人には理解し難いものだろう。
 
私の仕事の一つに、国際学術雑誌Luminescenceの編集がある。毎日、投稿論文の状況を確認し、査読者(レビューア)に査読をお願いし、そのコメントを参考に、論文採択の可否を決めるのが仕事である。この数か月、不思議とロシア人研究者の投稿論文を担当していた。ロシアには私の専門に近い研究者も多く、生物発光に関するオーソドックスな生化学的研究や海洋生態学研究が盛んで、最近は研究レベルも向上している。
 
私がロシアを最初に訪問したのは1995年9月。空港の入国管理で1時間以上待たされたことが強く印象に残っている。なんでも、ソ連時代はパスポートの査証業務は1時間に何名と決められており、その名残で、列の長さに関係なく正確に時間を刻みながら作業を続けるためだそうだ。その頃はエリツェン時代で、インフレが進み数万円を換金しただけで、札束は立つが、ビール1杯飲むだけで札束が数ミリずつ薄くなるという貴重な経験をした。また、モスクワ大学の食堂でステーキらしきものを食べたが、靴底のような不思議な肉で飲み込むことしかできなかった。日本円で20円程度のステーキだったと記憶するが、モスクワ市内のホテルのレストランなら2000円でまともなカレーを食べることができた時代であった。

2度目のロシアは2013年4月のシベリア・クラスノヤルスク。迎えに来た友人の車は日本の比較的新しい中古車であったことにびっくりした。シベリア大学で講義をしたが、御礼として100ドル札10数枚が渡されたことにも驚かされた。食事も新鮮な野菜があったのが印象的で、プーチン時代となり、経済的にはエリツェン時代より良好になったことが実感できた。経済的に余裕ができたせいか、基礎研究にもお金が回るようになり、元気のよい自由な発想の若手研究者が出始めたのが、この頃であった。街全体に明るさ、清潔さを感じることができた。

ロシアへの最後の訪問は2019年11月、たまたまモスクワ経由でストックホルムに行く際の乗り継ぎ滞在であった。一時的な入国審査を受けたが、他の国では有り得ないような手間で待たされた(写真1、2)。相変わらずソ連的な官僚主義が残っていると感じた。そう思うと、今のプーチンが理想とする社会に、自由な社会を知ったロシアの若者たちは生き抜くことができるだろうか?20世紀末のロシアの混乱期に、私の友人の一人もそうだが、多くの研究者が世界各国に移住した事実は、おそらく今回も繰り返されるだろう。折角築き上げた、自国の未来をつぶす馬鹿げた戦争でもあるような気がする。

スポーツ界やエンタメ界ではロシア排除の動きが進んでいるが、私は学問が最後の砦であり、自由にすべての研究者が往来できる世界であって欲しいと切に願っている。しかし、科学が戦争に利用され、戦争を利用した歴史をみれば、そこには自ずと限界があるのだろう。早期の戦争の終結を祈ることしかできない、無力感を感じる日々でもある。
  • 写真1 たかが一時入国に手書きの書類。1時間後には没収された。
    写真1 たかが一時入国に手書きの書類。1時間後には没収された。
  • 写真2 モスクワの免税店には西側のモノがあふれていた。
    写真2 モスクワの免税店には西側のモノがあふれていた。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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