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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年04月20日

近江谷 克裕
第98回 Elucをめぐる旅の物語-航空便予約サイトを前にして-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
日本はプチ鎖国してしまうのだろうか?堅苦しい話だが、「外国為替及び外為法」の改正により、研究者の技術提供が安全保障輸出管理の対象となった。国際学会での発表はもとより、外国人学生への研究指導に対しても一定のルールが求められることになる。また、ここ最近の国際問題にも起因するが、外国留学にも一定のタガがはめられそうで、行ける国、行けない国が出るかもしれない。内弁慶の日本人研究者の中で、消極的な鎖国状況が生まれるのではないかと危惧している。

私は外国の大学でも身分を持っているので、この改正は微妙な状況変化をもたらした。現在、タイへの出張を計画しているが、コロナ水際対策の対応だけでなく、この技術提供の安全保障の問題も考慮する必要もあり、外国との距離が少し開いたような気がしている。外国の大学で研究討議を行うにも、単なる出張申請だけではなく、安全保障上の手続きが厳格されるだろう。これまでのように気軽に「講義をします、研究討議をします」とは言いにくい状況になってしまった。行こうと思ってみていた航空便の予約サイトも、一旦、閉じることにした。

一方、私は国際学術誌の編集を行っているので、中国、ロシアを始めとしたすべての国々の研究者の未発表の最新情報に日常的に接している(たまに出版後、二重投稿が指摘されたという、苦い経験もあるが)。この場合、私には編集者としての守秘義務があるので、情報が他に提供されることはない。もともと研究成果でも研究者の判断により知財等の機密に関するものは特許等によって外には出にくいはずである。よって、学問分野が真に機能しているなら、国際学会、講義などに、輸出管理という概念を持ち込むこと自体に違和感がある。

前にも記述したかもしれないが、私はNATOの安全安心プロジェクトにイタリア、ルーマニア、イスラエルの研究者と共に参加した(写真1,2)。光る生物の仕組みを用いることでイスラエルの研究者は地雷を発見する技術、イタリアの研究者はサリンなどの毒物を検出する技術、私は光る線虫で毒物を検出する技術などの基礎研究を行った。いろいろなテーマに関して、各国の研究者が如何に考え、如何に科学に取り組んでいるのかを知る良い機会になった。特に「安全安心」が国、民族によって異なることも理解できた。日本だけに居てはダメだと若い研究者には言いたい。見てこそ、知ってこそ、考えられることはたくさんある。よって、若手、中堅研究者には消極的な鎖国ではなく、いろいろあるが積極的な開国を求めたい。

最近、気になっていることだが、「安心安全」という語順である。本来、日本政府なり、所属する組織なりが言うなら、「安全安心」だろう。組織が“安全”を確保し、個人が“安心”を感じて組織に貢献するのが本筋だろう。しかし、今の日本はまさに「安心安全」で、組織の“安心”のために、個人に”安全“を求めている。”安全“が個人責任に転嫁されることが、なんと多いことか?このことは更に個人の委縮につながり、安全保障の名のもと、面倒を嫌う若手研究者たちのプチ鎖国現象が生まれてしまうのではないだろうか?日本の中途半端な安心安全思想を危惧するのは私だけだろうか?
  • 写真1 プロジェクト参加メンバーの晩餐会(2018年5月ボローニア)
    写真1 プロジェクト参加メンバーの晩餐会(2018年5月ボローニア)
  • 写真2 NATOプロジェクトは化学兵器禁止機関(OPCW)のミッションに従ったもの
    写真2 NATOプロジェクトは化学兵器禁止機関(OPCW)のミッションに従ったもの
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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