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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年05月20日

近江谷 克裕
第99回 Elucをめぐる旅の物語-富山・魚津にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
わからないことがあるから、現場に行く。当たり前のことだが、今の研究者には難しい事かもしれない。先日、ホタルイカを採取?いや、漁師さんが獲ったホタルイカを処理するために富山県の魚津水族館に行ってきた。4月も後半で桜は散っていたが、田んぼに移る立山連峰が印象的だった(写真1)。やはり、春の富山はイイ。ホタルイカの処理もイイが、居酒屋で出される新鮮なホタルイカがイイ(写真2)。

相変わらず発光関連物質の探索がテーマであり、新鮮なホタルイカの発光器を地道に切っては凍結した。ホタルイカの難しさは、新鮮なものはまだ光るが、鮮度の低下と共に光らなくなる点、また、試験管内で発光を再現できない点にある。こんな仕事を始めて20年以上も経つが、まだ答えが見つからない。最近の測定機器の進歩は劇的であり、微量な生体分子の定量が可能なことから、あらためて発光関連分子を組織ごとに解析・定量するために新鮮なサンプルを集めることにした。
 
一方、昨年あたりから、ホタルイカがいつから光りだすかも気になってきた。私たちは発光の元となる基質ルシフェリンを食物連鎖で獲得していると考え、何を食べているのかを調査することを計画した。一つの方法として、人工飼育し、エサを変えながら発光能力を調べれば答えが出るかもしれない。春に採取されるホタルイカには卵を抱えたメスが多く、卵の採取は容易であり、既に孵化にも成功している。しかしながら、数日間しか飼育できないという大きな課題が立ちはだかっている。では、何を食べさせるのか?海における食物連鎖の底辺は微生物、植物性、動物性プランクトンと階層は上がっていくので、地道に検討することが必要だ。
 
今回の富山で初めてホタルイカの幼生を見た(写真3)。生後4,5日目で、まだまだホタルイカの姿は想像できないが、透明な体の中の大きな目、形成されつつある足、そして謎の斑点は特徴的だ。この後どうなるのか?いつから光り出すのか?疑問は尽きない。しかし、この撮影された幼生は撮影ストレスのため、これ以上は生き続けることはない。食餌を含めた生息環境がわからない現状では、すべて数日間の命であろう。研究の難しさを痛感する一方、新たな研究テーマに闘志がわいてくるのも事実である。来年こそはと思い帰阪した。
 
富山から戻ったのち、東京のインド大使館に行った(写真4)。大使館では東京周辺のインド人学校の生徒たちのための講演会に参加、講演した。講演では、ウミホタルの乾燥品を生徒たちに配布し、乾燥標品を見てもらった後、水を加えさせ、ルシフェリン・ルシフェラーゼ反応の光を実際に見てもらった。期待した通りに「オーッ」という歓声に、まずは一安心。彼らにとっては、初めてみるウミホタルの光なのだろう。

さて、日本のウミホタルの光を見た最初の外国人は1873年に来日した日本医学校の教官フランツ・ヒルゲンドルフかもしれない。彼が江の島で採取した標本はドイツにわたり、Cypridina hilgendorfiiと名付けられ、今でもフンボルト大学自然史博物館に保存されている。また、フランツ・ドフラインも1904年に来日し、相模湾沿いの油壷で採取されたウミホタルを「東アジア紀行」で紹介している。わからないことがあるから、現場に行く。昔の研究者の探求心を見習いたいものだ。
  • 写真1 田植え前の水田に写る立山連峰
    写真1 田植え前の水田に写る立山連峰
  • 写真2 魚津の大好きな居酒屋「増重」の突き出しのホタルイカ
    写真2 魚津の大好きな居酒屋「増重」の突き出しのホタルイカ
  • 写真3 生後4,5日のホタルイカ幼生の姿
    写真3 生後4,5日のホタルイカ幼生の姿
  • 図4 千鳥ヶ淵のそばにあるインド大使館
    図4 千鳥ヶ淵のそばにあるインド大使館
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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