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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年06月20日

近江谷 克裕
第100回 Elucをめぐる旅の物語-スペイン・ヒホンにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
久しぶりに、コロナ以前の空気を少しだけ感じた。会場のあちらこちらでは”立ち話“の輪ができ、マスクなしで歓談する人たち。いつもならハグする姿もあるはずだが、さすがにウイズコロナの世界で、その姿は少ない。それでも、大好きなフランス人研究者のイザベラに出会うと、不自然ながらもハグしてしまった。彼女は微笑みながら、この習慣がコロナを蔓延させ、そして私の身近な人たちの命を奪ったと、最後は少し悲しげだった。

本来なら2020年に開催されるはずの国際学会が当初の予定通りにスペインの北の街ヒホンで開催された(写真1、2)。参加者は200名を超えていたが、その多くはヨーロッパの研究者たちで、日本からは大学教官と学生2名、そして私を含めて4名だった。また、中国人研究者はいなかったが、ロシアからは数名の研究者が参加していた。講演会場でマスクをするのはアジア系の研究者ばかりで、既にマスクなしの日常があった。最終日前日の懇親会は200名を超す大人数が、一つのテーブルに8-10名が座り、おいしい食事とワインがふるまわれ、全くコロナ以前と変わらない風景だった(写真3、4)。

しかし、今回の海外渡航ほど、緊張したことはない。その緊張は出発前日のPCR検査から始まった。ここで陽性なら全てをキャンセルすることになる。検査の6時間後に来る検査結果を受け取った時、メールを開けるのが怖かった。やっと陰性証明を得て、スーツケースに荷物を詰め始める一方、スペイン政府HP上で入国手続きを行った。すべてが揃った翌日、大阪空港から羽田空港へと移動、イスタンブール経由でスペイン入りしたが、閑散とする羽田空港に対し、早朝のイスタンブール空港はマスクなしの人でごった返していた。

事前登録のお陰でスペインには、全くストレスなく入国でき楽しい毎日だったが、帰国を前にまたも緊張した。ヒホンのような小さな街ではPCR検査する医療機関を探すこと自体が問題なのだ。しかも、スペインでは以前ほどPCR検査する人がいなくなったためか、WEBで見つけた検査機関は休業状態。現地の方に何とか探してもらい、帰国の前日に検査を行った。ここでも結果を待つ間は憂鬱な時間となったが、陰性証明書を得て、帰国するためのVisit Japan Webサービスに入力した。しかし、空港カウンター、搭乗ゲート前、そして日本の入国時、再三、陰性証明書等は確認され、なんのための事前登録なのかわからなくなった。「リスク」に関する日本とヨーロッパの考えの違いを如実に感じた。

今回の国際学会参加の目的は、単に講演することではなく、評議員として次期開催地、次期会長を決めることにある。この学会では多数決で決めることは稀で、評議員の合議により全てが決定される。よって、会議の期間中、いくつもの“立ち話”が議論の場になり、何となく合意形成の作業が進められる。そういえば、ウクライナ問題でのNATOの会議を伝えるニュースの中でも小さな“立ち話”の輪を見ることがある。多数の国の合意を得ることは難しく、多数決では不満は解消されない。よって“立ち話”の活用が一つの合意形成の場になっているのだろう。そんな意味で、コロナ禍でできなくなった国際舞台での“立ち話”の輪を奪ったことが、ウクライナの悲劇を助長したのかもしれないと感じてしまった。さて、最終日までに次回はブラジル、そして次期会長はイザベラと決定された。まあ、妥当な線だ。
  • 写真1 ヒホンの新市街と旧市街。気温20℃だが、砂浜が気持ちよかった。
    写真1 ヒホンの新市街と旧市街。気温20℃だが、砂浜が気持ちよかった。
  • 写真2 ヒホン旧市街の街並み。
    写真2 ヒホン旧市街の街並み。
  • 写真3 コロナ以前と変わらぬ懇親会の開場には人、人、、
    写真3 コロナ以前と変わらぬ懇親会の開場には人、人、、
  • 図4 私の右隣が次期会長のイザベラ博士。
    図4 私の右隣が次期会長のイザベラ博士。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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