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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年07月20日

近江谷 克裕
第101回 Elucをめぐる旅の物語-タイ・ラヨーン県にて-①
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
呆気なくタイに入国できた。前回のスペインではPCR陰性証明を事前に登録しなくてはいけなかったが、そんな登録もタイでは必要なく、しかもワクチン証明書さえ確認されずに入国ができた。あまりの呆気なさに、荷物受け渡し場所で時間を持て余した。空港内は依然と変わらぬ活況で、待ち合わせのドライバーさんを探すのに苦労した。違ったことと言えば、中国人団体客がいないことぐらいだろうか?

タイのコロナ感染者の数は減った訳ではなく、日本とは変わらない状況であるらしいが、欧米と足並みを揃え、観光客の受け入れをオープンにしているのが実情である。マスクをしない欧米人を横目に、タイ人はしっかりマスクをしながら、観光客を迎えている。私が滞在するラヨーン県にあるVISTEC(大学院大学)で働く皆さんも学生さんも、野外でもマスクする姿が暑いのに大丈夫かなと思ってしまった。とはいえ、私もマスクをしているが、タイ人の真面目さを垣間見る一方、経済的なダメージを最小限に抑えようとしていることが感じ取れた。

ここに最後に来たのは2019年の春だから3年ぶりだろうか?コロナのため、訪問できなかったが、その間に大きく変化を遂げていることに驚かされた。私が招聘教授を努めるVISTECはタイ石油公社(通称PTTは民有化されたタイで一番大きな会社)の経営者の一人が創立した大学であり、PTTの広大な敷地内に建物がある(写真1、2)。以前は教育機関が中心の敷地内だったが、PTTの関連会社の研究機関が活動を開始、さらには国立の研究機関であるNASTDA(タイ国立科学技術開発庁)の試験プラントも稼働し、この地域の人口も一気に増え、敷地内にはホテルもできていた(写真3、4)。

従来からの計画が実行されたと言えばそれまでだが、コロナ禍でも歩みを止めないアジアの活気を目の当たりにした。この間、日本は何をしていたのだろうか?自粛、自粛で研究機関は研究活動を減速させ、試験管も振れないテレワークの世界が研究現場を支配した。WEB会議程度しか対面で話すこともできず、閉塞感を感じていたのは、私だけであろうか?タイではバンコックがロックダウンで孤島化したようだが、地方は比較的緩やかに事が運び、ここVISTECでも研究活動の激しいロックダウンは無かったようである。ただし、私の講義などはWEBでしか開催できなかったのも事実ではある。

ここラヨーンにみるタイの研究村は、着実にコロナ禍の中でも進展を続けているようだ。VISTECは材料、エネルギー、バイオ、情報に特化した大学院大学であり、ここと親子関係にもあたるPTTの研究部門と産学の流れを作り、さらには国の機関が加わることで産学官の流れを同じ敷地内で生み出そうとしている。また、拠点の象徴でもあるVISTECの研究テーマは産官学の研究シーズを生み出すという原動力になろうとしている。PTTは公社とはいえ、民間企業でもあり、国家に縛られない戦略を感じさせる。

タイ入国の建前はワクチン接種証明のはずだが、見事に相手を不快にさせる規制をスルーしている。国家戦略もまた、民間を主体とすることで、官や学の協力を上手く活用することができている。そこにはアジアのしなやかさがあり、先進国クラブの日本にはない成長を目指す活力を感じる。日本はアジアの一員なのだが、既にアジアではないのかもしれない。
  • 写真1 本格的に稼働したバイオエンジニアリング棟の全景
    写真1 本格的に稼働したバイオエンジニアリング棟の全景
  • 写真2 VISTEC本部棟(右奥)。池を囲むように4つの研究棟が建つ内の2棟が左奥
    写真2 VISTEC本部棟(右奥)。池を囲むように4つの研究棟が建つ内の2棟が左奥
  • 写真3 同じ敷地内にあるPTTの研究棟とNASTDAのパイロットプラント
    写真3 同じ敷地内にあるPTTの研究棟とNASTDAのパイロットプラント
  • 図4 敷地内にある外来者向けのホテル。私は学生寮を間借り中
    図4 敷地内にある外来者向けのホテル。私は学生寮を間借り中
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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