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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年09月20日

近江谷 克裕
第103回 Elucをめぐる旅の物語-スペイン・ヒホンにて-②
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
旅をしていると、思わぬところで“日本”に出会うことがある。ヒホンのオビエド大学に隣接する大西洋植物園を歩いていたら、日本原産のアジサイの花に出会った(写真1)。この植物園は20年ほど前に設立されたが、元は19世紀に造られたラ・イスラ歴史的庭園とヒホン市に残された2つの自然林をもとにしたものである。北大西洋の植物群の種の保存を目的としたイベリア半島北西地方にできた最初の植物園でもある。

面白いことに、ツアーガイドさんは、「なぜか?ここに日本原産のアジサイがある。しかし、どのように持ち込まれたかは不明である。」との説明。このツアーに日本人が紛れ込んでいることに気づいていないようで、私の代わりに日本の花の美しさを皆さんに紹介してくれた。記載によれば、このアジサイはヤマアジサイHydrangea serrataであり、日本から外国に持ち出された原種であろう(写真2)。アジサイはヨーロッパの方々に愛され、改良されてきた歴史がある。日本で見かけるセイヨウアジサイは、品種改良され日本に逆輸入されたもの。

しかし何といっても、この植物園は北大西洋の植物相に特化した場所のはずと思って見回したら、いきなり盆栽が目に入った(写真3)。盆栽は多くの国で見かけることができる“日本”の代表選手の一つであろう。ブラジルに行ったとき、小さな街にでも盆栽の販売所があったことに驚かされたことがあった。いずれにしても、漫画、日本食などなど、世界を歩いていると、どこかしこに“日本”を見ることができる。だが、原種として、そのままの“日本”が残っている例は少ないようにも思える。スペイン北西部にアジサイの原種は如何に持ち込まれたのだろう。

ヒホンの歴史は古い。紀元前5千年前の石器時代の支石墓があり、また、紀元前1世紀にはローマ帝国にも組み込まれてもいた。8世紀に一旦、イスラム圏に入ったものの、その後3つの王国が支配した後、スペイン王国に組み込まれた長い歴史を持つ。旧市街には歴史的な建物も多く、落ち着いた街並みであった(写真4)。

スペインと日本の関係を調べていたら、16世紀後半から天正遺欧少年使節、そして慶長遺欧使節団がスペインに訪れたようだ。中には、そのままスペインに残った人もいたようだ。また、時代は変わるが、スペイン内戦の際、ヘミングウェイも参加した共和国側には私と故郷を同じにする函館生まれのジャック白井が参加し、1937年7月に交戦中に亡くなっていた。一方、ヒホンには共和国側の自治政府があり、1937年10月にフランコ将軍が率いる反乱軍によって陥落した。彼らがアジサイを持ち込んだとは思わないが、スペインと日本の関係には、それなりの歴史があった。

話は変わるが、本年、外国為替法が改正され、外国との共同研究が面倒になった。とにかく、手続きが煩雑になり、いざやろうと思っても、時間ばかりが経過するという事態になった。よって、面倒な手続きを嫌う研究者が、(誰でもそうだろうが)、国際共同研究や留学に消極的になっているようである。日本人は本来、好奇心が強く、国際交流を厭わない民族と、私は信じている。しかし、こんなことで、研究の世界において国際交流が停滞しつつあることに危惧してしまう。世界で“日本”を見ることができなくなることがあってはならないと、強く思うこの頃である。
  • 写真1 大西洋植物園で見かけたヤマアジサイ。
    写真1 大西洋植物園で見かけたヤマアジサイ。
  • 写真2 ヤマアジサイの表記。すべての植物の原産は表示されてはいなかった。
    写真2 ヤマアジサイの表記。すべての植物の原産は表示されてはいなかった。
  • 写真3 大西洋植物園に唐突におかれた盆栽。
    写真3 大西洋植物園に唐突におかれた盆栽。
  • 図4 ヒホンの旧市街の風景。
    図4 ヒホンの旧市街の風景。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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