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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年10月21日

近江谷 克裕
第104回 Elucをめぐる旅の物語-インド・デリーにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
環境の変化が人の気持ちを変えるのかもしれない。3年ぶりのデリーの街。空港からニューデリー中心街のホテルまでの道すがら、平日にも関わらず、クラクションの音が以前より減っていた。確かに道路は整備され、車もスムーズに流れ、街がきれいになっていた(写真1)。渋滞が解消され、街がきれいになれば、人の心も穏やかになり、クラクションが激減するのかもしれない。インド人の心に変化が起きたのかもしれない。

久しぶりのインドでマスク姿を見つけるのは難しく、インド国内便に乗った際にマスクすることを求められたくらいであった。ニューデリーに限って言えば、街全体が小奇麗になった印象に、マスクなしの人々の明るい笑顔が目についた(写真2)。コロナ感染は爆発的に増加し、多くの人々の命を奪ったが、今は集団免疫を獲得したらしく、現地ではコロナは風邪という認識のようだ。ポストコロナを実感するインド人はインフラ整備と共に、少しだけマナーが向上したのかもしれない。

今回の旅の目的の一つは、インド政府アユラベータ省傘下の研究所と私の研究所の共同研究覚書の調印式に参加するためだ。モディ首相の肝いりでできたこの省は、厚生医療行政や科学技術行政とは別に、最近、インド伝統医療のアユラベータの深化、普及、国際化を目論んで誕生した。世界文化遺産を目指しているとも聞いてはいるが、インドという国のアイデンティティを求めているのであろう。そういえば、街や政府機関に飾られている国旗が以前より大きくなったこと、英語表記よりヒンディー語表記が優先していることなど、旧大英帝国の影と決別するための、モディの強い意思表示の一つなのかもしれない(写真3,4)。

安倍元首相の国葬に来日した際の「モディの涙」は現地でも話題になったようだ。この10年くらい、私はインドを頻繁にしたが、何度か安倍訪印の時機に重なっていた。安倍訪印はインド国内でも話題になり、モディは大いに歓待していた。そしてインド政府もまた、我々を含めて、色々な面で日本に期待している。一方、歴史的にインドの宰相が凶弾に倒れたのも事実である。そんな歴史的な背景も踏まえた「モディの涙」かもしれない。

しかし彼ほどのパワフルな宰相を見たことがない。彼は人々の前に立ち、原稿なしでユーモアを交えながら演説することで有名だ。ニュースで見たが、結構な長さの演説を、一日に何か所でも行っていた。面白いことに、私の参加した国際学会の懇親会で、大学院生がモディの演説の真似をして、大いに盛り上がっていた。似ているのか似ていないかの判断は私にはできないが、日本で学生が真似したがる宰相、それを教授陣が受けまくる宰相などいるかな?すべての国民が喜んでいるとは思えないが、ユニークな首相であることに間違いない。

さて、私が参加した国際学会はオールドデリーのデリー大学で開催された。懇親会が開催された週末の夕方は、あいにくの雨模様。排水設備の不備のためか水が道に溢れ、交通渋滞も激しくなり、こんな時に逆送の車も出始めるのがインドであり、ついにクラクッションの大合唱が始まった。いつものインドが残っていた。そう簡単に人の心が変わるものではないと、インドらしさに苦笑してしまった。モディの苦労はまだまだ続くようだ。
  • 写真1 空港周辺の整備された道路では渋滞が解消されていた。
    写真1 空港周辺の整備された道路では渋滞が解消されていた。
  • 写真2 ライトアップされたインディアンゲートに人々が集っていた。
    写真2 ライトアップされたインディアンゲートに人々が集っていた。
  • 図3 アユラベータ研究所にはためく国旗。
    図3 アユラベータ研究所にはためく国旗。
  • 写真4 研究所内の表記もヒンディー語が目立つ。
    写真4 研究所内の表記もヒンディー語が目立つ。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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