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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年11月21日

近江谷 克裕
第105回 Elucをめぐる旅の物語-インド・アムリトサルにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
この地に立つと国の形とは何かと考えてしまう。アムリトサルに沈む夕日の先はパキスタン、そしてアフガニスタン(写真1)。35km先の国境は戦争によって決められた線にすぎない。

友人に連れられ街の宝石店に行った。友人に言わせると最高級店ではないが、地元で名の通った店。地元の御婦人方数組があれこれと金のブレスレットやダイヤモンドの指輪を品定めしていた。インド式の交渉は長く、1組の客は最低でも1時間以上のやり取りをする。私の友人は、購入まで3時間以上の時間を要したが、値段交渉に入ると、店側の人物はポストイットのような小さな紙に数字を書きこんだ。これからが勝負、さらなるやり取りの中で何度も数字が書きこまれ、最後に妥結した値段が記載された(写真2)。その真剣勝負の間に一度も電卓は登場しなかった。全て暗算だ。さすが20x20の掛け算が標準の国だ。

もっと驚いたことに、ここでは現金しか飛び交っていなかった。購入が決まると、ご婦人方はおもむろにバックからゴム輪で丸められた札束を放り投げた。500ルピーや1,000ルピーが数10枚単位で束ねられたもの。日本円でいえば、10万円が束ねられたものが無造作にテーブルの上に置かれるようなものだ。実は私も購入したが、クレジットカードは使えなかった。友人によると、高額商品の購入はキャッシュで行われることが多いとか。消費税はどうなっているのか、怖くて聞けなくなった。いまだに現金が幅を利かせているのがインド社会だ。

2016年11月8日、モデイ首相は「インドに蔓延している汚職と脱税の根絶を目的」として、1,000ルピー紙幣と500ルピー紙幣の流通差止を命じ、4時間後の11月9日午前0時以降、法定通貨として無効になると宣言した。そして、1,000、500ルピーの新紙幣と2,000ルピーの新札を発行した。さすがに、紙幣の交換は間に合わないので、2016年末までは交換可能になった。ルピーはインド国外への持ち出しは禁止だが、私の持ち合わせの何枚かのルピー札は以後、使えなくなった(写真3)。電子マネーも導入されたはずだが、ショッピングモールでも、お年寄りはキャッシュで、若者はカードというのが、私の印象だ。今回の買い物を通じて、インド社会における現金主義、明るいヤミ経済が依然根強いものと感じた。

さて、私が訪問したアムリトサルはパンジャブ州の古い都(写真4)。農産物の豊かな地域ではあるが、古くから外国に移住する人々も多く、イギリスのスクナ首相の故郷でもある。私の友人の故郷だが、一族の中には日本に住むもの、欧米に住むものと分散している。友人と甥御さんとの会話だが、英語かなと思うと、全くわからなくなる時がある。そんな時にはヒンディー語やパンジャブ語で会話している。その使い分けが絶妙で、重要度に応じて変えているようだ。自分たち一族を守るための知恵かもしれない。

インド人を見ているとリスク管理のうまさを感じる。なぜ、家族を分散させるのか?なぜ、宝飾品を買うのか?なぜ現金主義なのか?なぜ、人前で秘密の会話が存在するのか?おそらく、彼らは他国から侵略されたら失うような土地や国家に価値を見出すより、一番簡単な資産の伝達手段、一族を守る手段を選択したのだろう。歴史の中で国境線に翻弄された人達にしかわからない生き方、日本人には理解し難い生き方に、国の形を考えてしまう。自立国家としての国の形という概念がないことが、国際社会における日本人の弱みかもしれない。
  • 写真1 ホテルの窓から見た夕日の先は国境。
    写真1 ホテルの窓から見た夕日の先は国境。
  • 写真2 私の購入した金のネックレスと値段の内訳?
    写真2 私の購入した金のネックレスと値段の内訳?
  • 図3 500ルピー札。上は旧札、下は新札。ガンジーの横顔が反対になっただけ。
    図3 500ルピー札。上は旧札、下は新札。ガンジーの横顔が反対になっただけ。
  • 写真4 古都アムリトサル象徴はシーク教徒のゴールデンテンプル。
    写真4 古都アムリトサル象徴はシーク教徒のゴールデンテンプル。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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