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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2022年12月20日

近江谷 克裕
第106回 Elucをめぐる旅の物語-タイ・ナーン県にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ふたたび国境とは何か?この山々の先はラオスになる((写真1)。私が滞在したタイ北東部のナーン県の右隣はラオス。また、タイ北西部はミャンマーに接しているが、いずれも物理的な境となる山や河があり、その周辺には少数民族の人々が暮らしている。タイの国境は山河という物理的な隔離要因と歴史的な少数民族の帰属が決められてきたように思える。

私は現在、大学院大学VISTECの招聘教授を務めており、所属先のPimchai先生のプロジェクトを支援している。今回のナーン県への旅は、彼女が進めるCIAN(Circular Innovation for Nan)のシンポジウムに参加するため(写真2)。このプロジェクトは、農業廃棄物等をベースにメタン発酵でエネルギーを得つつ、廃棄物から肥料を作り、さらには農産物用の安全性試験法を提供するなど、地域社会における循環型社会の形成を目指した実証試験を、ナーン県という農業を主な産業とする地域で行うことである。このプロジェクト自体は2017年くらいから数名の地元の研究者とバンコック周辺の大学の先生たちが始めたものだが、今は銀行や企業が資金提供し、行政も参加するものになっている。

タイではロイヤルプロジェクトという王族が支援する地域活性型プロジェクトが国境周辺の県で実施されている。また、同様なプロジェクトは国の研究機関であるTISTR(タイ科学技術研究所)などでも実施されているが、さらにPimchai先生のような有名大学の先生らも独自にプロジェクトを立案、実施し、企業から資金提供されているような例もあるそうだ。そんな意味では産官学活動に地元民が連携した多くのプロジェクトがタイ全土で行われていることになる。国境周辺を豊かにすることで、少数民族を含めた地域社会を安定、繁栄化させることで、国境を守ろうとしているのだろう。

ナーン県は元々独自の王国であり、13世紀にはカーン王国が、さらには多くの戦いが続き、18世紀にはビルマ(今のミャンマー)が占領したこともあった。が、ナーン王国の成立、フランス占領を経て、1931年にタイ王国の領土となった。しかし、1960年代には独立勢力による反政府運動が盛んな地域でもあり、国境線は揺れ動いていた歴史を持っている。街には多くの仏教寺院もあり、16世紀末に作られたワットプーミン寺院には、この地方で最も有名な壁画である、タイルー族の男性が女性の耳元にささやきかけている「ささやく人」がある(写真3)。この寺院周辺ではナイトバザールもあり、私もこの地域の食べ物を堪能した(写真4)。国境近くの地方都市ではあるが、豊かさを感じる一方、人々の笑顔が印象的だった。

ベトナム戦争を経て生まれたASEANは、現在10か国が加盟し、国境線は落ち着いているかのように見える。一方、ミャンマーは内戦状態?の様相であり、タイの国境付近も何かと騒がしい。タイ自体は落ち着いた国家であり、日本の企業が最も安心して投資できる国の一つであろう。やはり、国境線沿いが落ち着くことは重要であり、それを支えているのが、ロイヤルプロジェクトやPimchai先生のプロジェクトなのだろう。翻ってみて、日本の国境沿いは豊かであろうか?沖縄や対馬、あるいは北海道の道北、道東などに、私たちは関心を持っているであろうか?このご時世、軍備拡充も少しは理解するが、まずは、そんな地域を繁栄させてからこその国境防衛と思えるが、如何なものであろう?
  • 写真1 タイ北東部の山々
    写真1 タイ北東部の山々
  • 写真2 CIANプロジェクトシンポジウムの一コマ。右端で立っているのがPimchai先生
    写真2 CIANプロジェクトシンポジウムの一コマ。右端で立っているのがPimchai先生
  • 図3 ナーン県で一番有名は「ささやく人」の壁画
    図3 ナーン県で一番有名は「ささやく人」の壁画
  • 写真4 ワットプーミン寺院周辺のナイトバザールの様子
    写真4 ワットプーミン寺院周辺のナイトバザールの様子
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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