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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年01月20日

近江谷 克裕
第107回 Elucをめぐる旅の物語-タイ・バンコックにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
若い研究者と話すことは楽しいものだ。ホテルのラウンジで小一時間ほどビールを飲みながらトン君と話した。彼は奈良先端科学技術大学院大学で学位を取得し、私と飲んだ翌日から母校であるチュラーロンコーン大学で教鞭をとるそうだ。私がタイに滞在していることを知った彼から、少しだけ話したいとの誘いであった。彼は私の友人のお友達の息子さんで、日本にいた時に食事したことがあった。ここ数年はコロナ禍のために会うことができなかったが、就職を機に帰国、就職したそうだ。

彼からは研究と教育の両立に、また、これからの研究についての相談を受けた。但し相談といっても、まだ、始めてもいないので、言葉にすることで自分自身を叱咤しているような会話だったような気がする。なんでも相談に乗るし、また、会いに来ると言って別れた。その週末、私の友人と共にチュラーロンコーン大学を散策した。この大学はバンコック市内の中心に近く、高層ビル群に囲まれてはいるが、緑豊かなキャンパスであった(写真1、2)。私の友人もこの大学出身であり、久しぶりに歩くキャンパスの古くからある大木を紹介しながらも、新しい建物群のコントラストに感慨深げであった。

タイの若い研究者やその卵は、おおむね礼儀正しく、挨拶もしっかりしている。また、何度も目撃したが、目上の人々を敬う姿や仏教寺院などで敬謙に祈る姿なども印象的である。研究室で観察するところ、女性の方が元気でリーダーシップを発揮するのに対して、男どもはおとなしく、しっかりしろと言いたくもなる。彼らと食事した時、日本のアニメの話に盛り上がり、次回は一緒にカラオケに行くことを約束した(写真3、4)。彼らは日本語がわからないが、アニメソングなら日本語で歌うことができるらしい。昭和から平成の風景を彷彿する場面だった。

彼らもまたZ世代だ。日本のZ世代はMe(私に、私を)を優先し、怒られたくないこと、マイペースで居心地よく過ごすことを信条とするらしい。そういえば、私の息子もその傾向にある。一方、私の知るタイのZ世代は、ボスのペースに合わせようとするし、少々言われても頑張っているように見える。日本のZ世代が居心地の良さを肯定することに対して、タイのZ世代は「坂の上には雲がある」という居心地の良さより将来の夢を描いているようだ。昭和生まれの私の居心地の良さを感じるのは、こんな場面のせいかもしれない。

さて、トン君だが、4年近くも日本にいたが、日本語はほとんどできない。彼の研究室には多くの外国人がおり、日本語を話す機会は少なく、日本語で話す友人を得ることができなかったようだ。日本という国は嫌いではないが、生活面での日本語の苦労を考えるなら、彼の選択肢は日本に残るというより、英語圏の大学か、本国に帰るかしかなかったのだろう。折角、日本の税金で学位を取ったのだから、日本に残って貢献するという選択肢もあってよかったと思ってしまう。

日本の大学では、もっと外国人留学生に日本語を学ばせるべきではないか。以前にも書いたが、フランスの大学ではセミナー等はフランス語で行うのが普通である。フランスを母国としない学生にもフランス語を話し、定住してもらい、フランスに貢献して欲しいからだと友人は語っていた。人材確保難の日本にあっても必要な考えだ。そのためには、日本語は話せたとしても育ってきた文化が違うのだから、我々にも受け入れる覚悟が必要だろう。
  • 写真1 ビル群に囲まれているチュラーロンコーン大学。
    写真1 ビル群に囲まれているチュラーロンコーン大学。
  • 写真2 チュラーロンコーン大学キャンパス内には大木が散在。
    写真2 チュラーロンコーン大学キャンパス内には大木が散在。
  • 図3 タイZ世代大学院生、ポスドクたちとの一コマ
    図3 タイZ世代大学院生、ポスドクたちとの一コマ
  • 写真4 タイZ世代大学院生、ポスドクたちとの一コマ
    写真4 タイZ世代大学院生、ポスドクたちとの一コマ
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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