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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年04月20日

近江谷 克裕
第110回 Elucをめぐる旅の物語-ブラジル・インターバル自然公園にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
森を進むと、むせ返るような甘い香りがした。小道の両側にある白ユリが香りの正体であった(写真1)。大西洋亜熱帯雨林では大きめな花は珍しく、多種多彩なシダ類や大小の常緑樹が中心に、花は小ぶりなものが多い(写真2)。週末に滞在したサンパウロ州内陸のインターバル自然公園は広大な自然保護区域で、その中の1か所に宿舎群が設けられており、滞在しながら自然林の中をトレッキングできる。友人は発光生物採取の特別許可をもらっていることから、私は採取に同行した。久しぶりにElucの元となるヒカリコメツキを観察できた。

白ユリは実は外来種である。どのような経緯で持ち込まれたかは不明だが、以前は自然公園の周辺の道端に咲き誇っていたものが自然公園内にも生息域を拡げ、亜熱帯雨林の中でも花を咲かせていた。今、ブラジルではアマゾン地域を含めて、外来種植物の侵入が大きな問題となっている。特にアジア原産の竹の繁殖が大きな問題となっているらしい。竹は広く強固な根を張ることから、元々の原生林を破壊する恐れがある。しかし、白ユリほど派手ではないので、現地の人も気付かぬうちに静かに生息領域を広げてしまったらしい。

インターバル自然公園は植物相も豊かだが、動物たちの種類も豊富である。私はイグアナやトカゲ(写真3)を身近に観察できたが、緑に同化した生き物を探すのは、とても楽しい。また、夕方のうす暗い時間であったが、森の小道を歩いていたら、地面の色と変わらない毒ヘビを友人が踏みそうになった(写真4)。私が「ヘビだ」の一言で、友人はヘビを踏むことはなかった。なかなか見つけることが難しい毒ヘビだそうだが、運がいいのか?悪いのか?でも、経験上一番怖かったのはアリである。森の中に足を踏み入れたところ、運悪く集団アリに襲われたことがあるが、その痛さは並大抵ではない。この森の自然は、かくも多様である。

ブラジルの原風景としての自然環境は、まさにその多様性を表している。一方、自然公園の外に目を向けると、小麦、トウモロコシなどの広大な農地が拡がり、大規模農業がおこなわれている。粘土質中心の赤い大地は、人の活動によって多様性が失われ、均一な赤い大地と変容してしまった。そこでは、以前生息した動植物の姿はない。が、多様性が失われたことにより、人は均一な農業産物を得ることができたわけである。人が自然界の多様性を奪うことで、自らの生を全うすると思うと、皮肉なものである。かたや、人々が何としても残そうと思っている大切な原風景も、外来種という侵入者に脅かされ続けているのが、今のブラジル、いや世界であろう。

大航海時代がもたらした旧大陸と新大陸の間に起きたコロンブス交換について、常にプラスとマイナスの面が語られてきた。起こってしまったことだから、もう後戻りはできないが、外来種問題は進行中のコロンブス交換である。自然保護が必要と簡単に叫ぶことはできても、問題が表面化せず、しかも時間をかけて静かに進行する自然界の変化、これは社会にも置き換えることもできるだろう。現代はまさにシン・コロンブス交換という地球規模で変容する時代であり、自然も社会も不安的な状態に置かれ続けている。どうなるのかは我々次第だろう。インターバル自然公園で嗅いだ甘い香りは、今の時代を物語る“香りの警鐘”であった。
  • 写真1 甘い香りを漂わせる白ユリの花。
    写真1 甘い香りを漂わせる白ユリの花。
  • 写真2 典型的な大西洋亜熱帯雨林の森。
    写真2 典型的な大西洋亜熱帯雨林の森。
  • 図3 森の中で見つけたトカゲの一種。
    図3 森の中で見つけたトカゲの一種。
  • 写真4 森の小道にいたヘビ。
    写真4 森の小道にいたヘビ。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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