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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年05月22日

近江谷 克裕
第111回 Elucをめぐる旅の物語-寄り道・古本屋にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
家の近所に新しく古本屋ができた(写真1)。ここのユニークな点は絵本が充実している他に、文庫本、特に岩波文庫やちくま文庫など、お固めの古本を多数そろえていること。昔、読もうと思った本が、今なら読みたくなる古本が充実している。そんな本を紹介したい。

児玉源太郎(中村晃著、PHP文庫)」。司馬遼の「坂の上の雲」を読んだことで、始めて児玉という軍人に興味を持った。「坂の上の雲」では児玉の年少期を含めた彼の人生の多くを語ってはいない。青年時代の児玉は血気盛んで多くの戦いの場に臨んだが、年齢と共に台湾総督などで行政、そして政治の場でも活躍した。そんな彼が日露戦争で現場に戻る決心をし、脇役として活躍したことは司馬遼が詳細に語っている。ともすれば偉くなると共に、安全な中央に胡坐をかいた人たちとは違う生き方。彼の生き方をみれば、中央に座した現在の政治家、官僚が、この国をダメにしているのは明白だ。

「イタリア古寺巡礼(和辻哲郎著、岩波文庫)」(写真2)。ローマ、ボローニアやピサなどは私の好きな街。今なら観光客に満ち溢れたコロッセウム、バチカンをゆったり歩けたなんて、幸せな方だなぁが、最初の感想であった。イタリアの戦前の景色を垣間見れたことが新鮮であった。またイタリアと日本の考え方の根本的な違いに湿気にあるという視点もユニークだ。官憲に追われて逃げる人を「地下にもぐる」というが、その語源がローマの地下墓地に隠れることであった説は目からうろこ。この時代の教養人は西洋と東洋を自由に論じる力、洞察力があった。もう少し勉強しなくては、そして、和辻の歩いた道を歩いてみたいと思った。しかし、和辻の体調不良のためか、ボローニアの評価が低すぎるのが気になった。

「ローマ盛衰原因論(モンテスキュー、岩波文庫)」(写真3)。塩野七生の「ローマ人の物語」の歴史観は正しいのか?多神教世界の日本人と一神教時代のフランス人の視点の違いが歴史観に反映することが実感できた。一方、ローマ帝国の衰退と今の日本が重なるの私だけだろうか?モンテスキューは「よい法律と適切な法律の間には大きな違いがある」とし、法は国家の形に併せて、変化しなくてはいけないと説く。今の日本に圧し掛かる硬直化、閉塞感は“法と国、人との乖離”があるのかもしれない。また、彼は「弱体化してゆく国家ほど貢納を必要とする国家はない」とし、弱者から得た富が強者へと流れるのは統治能力の問題と断罪した。昨今の増税論議を見ると、日本は没落する国家であると思ってしまうのは私だけだろうか?モンテスキューの本は決して古典ではなく、現代に問いかける重要な書であろう。統治者と大衆の質の低下がローマを滅亡させたという彼の視点に間違いない。古書を読む、その楽しみを実感した。

「酒飲みの自己弁護(山口瞳著、ちくま文庫)」(写真4)。私が30歳前後の憧れの作家の一人が山口瞳である。会うことはできなかったが、瞳さんが通う、京都祇園のサンボアに通ったほどだ。あの頃の私は、自分の望んだ生き方を最優先に、自己弁護しながら生きる瞳さんに、大変だけど楽しそうだなと思っていた。そう思うと、私は好きな研究を最優先に生きてきた気がする。そして、差しあたり、私のエッセイは“いち研究者の自己弁護”なのかもしれないと思ってしまった。読者に付き合ってもらうことに感謝しなくては、、
  • 写真1 近所にできた古書店の名は「小町書店」。
    写真1 近所にできた古書店の名は「小町書店」。
  • 写真2 和辻哲郎「イタリア古寺巡礼」。ビーナスの絵の話も興味深い。
    写真2 和辻哲郎「イタリア古寺巡礼」。ビーナスの絵の話も興味深い。
  • 図3 モンテスキュー著「ローマ人盛衰原因論」。
    図3 モンテスキュー著「ローマ人盛衰原因論」。
  • 写真4 山口瞳著「酒飲みの自己弁護」。イラストが抜群!
    写真4 山口瞳著「酒飲みの自己弁護」。イラストが抜群!
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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