カルナバイオサイエンス株式会社

製品検索
  • Home
  • ルシフェラーゼ連載エッセイ

ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年06月20日

近江谷 克裕
第112回 Elucをめぐる旅の物語-北マケドニア・スコピオにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
早朝、朗々たるコーランの響きに驚かされた。北マケドニアではコーランの調べの間に教会の鐘の音が響きわたる。こんなムスリンとキリスト教徒が共存する国家を旅したことはない(写真1、2)。国民の3割がムスリン、残りの7割がマケドニア正教会と言われている。オスマントルコ帝国に支配されたこともあり、長い歴史の中でムスリン系は定着したようである。但し、二つの宗派の音色が穏やかに伝わることでもわかるように、お互いに平和に共存共栄しているようだ。セルビア、コソボのような宗教間対立がないのも、この国の特徴だ。異なる宗教の寺院の周りにはバザールが広がり、深夜まで人の往来は絶えない(写真3)

今回はマケドニア科学芸術アカデミーが初めて開催した材料科学のカンファレンスに招待講演者として参加した。日本からはフランクフルト空港を経由してスコピオ空港に到着したが、首都の空港としては小さく、便も少なかった。私はこの会議の後、ルーマニアに移動したが、トルコ航空を利用し、イスタンブール経由の便を使った。バルカン半島内の移動は意外と不便で、国々の関係はそんなには単純ではない。迎えに来てくれた先生はブルガリアとセルビアの悪口を車中で言っていたが、何となくわかるような気がした。バルカン半島内は民族も宗教も多様なので、それだけ、民族間の関係は単純ではないのだろう。
そんな意味で第2次大戦後、ユーゴスラビア連邦共和国を作ったチトー大統領のカリスマ性はすごいとしか言いようがない。大国ソ連とは上手く決別し、東西の国々と適当な距離感で、独自の社会主義の国を作った功績は大きい。チトー没後のユーゴスラビアの解体の歴史は我々の世代にはなじみ深い歴史だが、それだけ彼が偉大だったのだろう。面白いことに2020年4月1日に「北マケドニア」と名称変更するまで、公文書上での表記は「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」となっていた。ユーゴスラビア内で平和裏に継承された国は多くないのが現実だ。

マケドニアと言えばアレクサンドロスだろう。スコピオ市内の広場には彼の像が立っている(写真4)。彼が馬にまたがり東に向かって駆け出す姿である。彼が偉業に乗り出すのは20代であり、先頭に立って常識を破る戦いを続け、インダス河近くまで迫ったことが古代の東西交流の始まりを告げたのだろう。現在の北マケドニアには古代マケドニア人をルーツとするものがいないとされ、多数の民族が融合し今のマケドニア人が誕生したとされている。が、その精神は継承さて続けているのかもしれない。

さて、今回の国際カンファレンスを主導したのは友人のパンセである。彼はマケドニア出身、日本でポスドクを経験、京都大学では准教授を、今はUAEアブダビのニューヨーク大学の教授である。この国際会議はパンセが母国の発展、若者たちへ向けたメッセージであることは十分に理解できた。私も何人かの大学院生とも話したが、将来的にはEU内やアメリカで仕事に就きたいと話していた。アレクサンドロスやパンセは東に向けて旅立ったが、今の若者たちは西に目が向いているようだ。パンセたちの世代は日本に留学したものも多いとされていたが、今は日本に魅力を感じる若者が少なくなったのかもしれない。日本の国力の衰退、彼らがやりたいことの変化かもしれないが、寂しい限りだ。
  • 写真1 旧市街のモスク。ここからコーランの響きが。
    写真1 旧市街のモスク。ここからコーランの響きが。
  • 写真2 旧市街のマケドニア正教会の寺院。市内には協会が点在する。
    写真2 旧市街のマケドニア正教会の寺院。市内には協会が点在する。
  • 図3 旧市街のバザールは深夜まで賑わっていた。
    図3 旧市街のバザールは深夜まで賑わっていた。
  • 写真4 旧市街の広場に立つアレクサンドロス像は確かに東を目指している。
    写真4 旧市街の広場に立つアレクサンドロス像は確かに東を目指している。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
LinkedIn