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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年07月20日

近江谷 克裕
第113回 Elucをめぐる旅の物語-ルーマニア・シナイアにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
週末、ブカレストから車で北に2時間ほどのシナイアに滞在した。シナイアにはブカレスト大学の研究施設があり、ホストのカルメン教授が滞在を調整してくれた。冬はスキー場、夏は避暑地として絶好な場所である。シナイア僧院のフレスコ画、最後のルーマニア王の誕生の地ペレシェ城(写真1)などでも有名で、多くの観光客でにぎわっていた。

ここは動植物研究のための施設だが、大学の教官のセミナーにも利用されているようで、滞在中に文系と理系の合同勉強会が開催されていた。散歩から戻った直後に、文系の教官の打ち上げの場に偶然通りがかったところ、飛び入りで参加することになった。夕方5時に始まった打ち上げは歌に踊りと夜中の12時過ぎまで続き、私自身、ワインを数本開けるなど、久しぶりに酩酊してしまった。白ワインを炭酸で割るのが、ルーマニア式とか言われ、それが敗因かもしれないが、とにかく、飲みすぎてしまった。

この中の一人が犯罪学を専門とする先生で、日本のヤクザにやたら詳しかった(写真2)。先生はロマ人と自称し、事実、遺伝子を調べるとロマ人を祖先として、ヨーロッパ各民族の遺伝子が混じっていると説明してくれた。ルーマニアはロマ人が最も多い国の一つとされ、人口の10%前後、200万人近くいるそうだ。しかしながら、ルーマニア政府自体はロマ人の存在を認めてはなく、全てがルーマニア人だという立場だ。その分、特別な政策はなく、根強い差別が存在するとのこと。ロマ人の先生は酒が強く、踊るし、歌うしで、とにかく楽しい人物だが、時折、哀愁のこもった歌声はロマ人の生き方を感じさせるものでもあった。なぜ、犯罪学が研究対象なのか?聞き忘れたのか、憶えていないのか、今もって疑問は残っている。

シナイアでは2,000m級の残雪の山々を見わたせるが、ゴンドラに乗れば、簡単に2,000mの山の頂上にたどり着く(写真3)。私も行ってみたが、運悪く、あられの混じる雷雲が到来し、1時間以上、頂上に閉じ込められてしまった。この時期の残雪やあられは異常で、同時期にスペインでは熱波、フランスやイタリアでは大雨と、ヨーロッパ全体が異常な天候のようだ。地球全体の温暖化のせいだと言ってしまえば、それまでだが。

大学の研究施設で飲んだくれていたが、この建物から6時以降に外出を慎むようにと最初に説明を受けた(写真4)。これは建物の周りを熊がうろつきはじめ、危険だからということであった。事実、夜中、犬たちの吠える声に目が覚めた。翌日、近所のゴミ箱は荒らされまくっていた。やはり熊が来たようだ。これは日本でもよく聞く、市街地での熊の出没問題かもしれない。しかし、以前はあまり問題ではなかったとのことで、これも温暖化のせいなのだろうか?

ロマ人に対して、ヨーロッパ全体でも根強い差別があり、今回出会った先生のように、大学に職を持つ人は少ないだろう。その辺も犯罪学へと進んだ理由なのだろうか?歴史的にみるとヨーロッパでは犯罪とロマ人を結び付けたがる傾向にある。確かに放浪し、その場その場のなり合いで生活するのだから、疑われてもしょうがないのかもしれないが、本当に危険な存在なのだろうか?彼と話をして、彼らがスケープゴートされているような部分を感じた。わからないことに対する忌避行動のような。飛躍かもしれないが、同様にすべてを温暖化に結びつけるのも、何か本質を見失ってしまう気がする。これは私だけの感覚だろうか?
  • 写真1 シナイアの街の象徴はペレシェ城。
    写真1 シナイアの街の象徴はペレシェ城。
  • 写真2 打ち上げでの一コマ。右端からロマ人の先生、大らかな呑み助、そして私
    写真2 打ち上げでの一コマ。右端からロマ人の先生、大らかな呑み助、そして私
  • 図3 シナイアの街を囲む残雪が残る2000m級の山々。
    図3 シナイアの街を囲む残雪が残る2000m級の山々。
  • 写真4 研究施設内の「クマ出没中」の注意喚起。
    写真4 研究施設内の「クマ出没中」の注意喚起。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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