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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年09月20日

近江谷 克裕
第115回 Elucをめぐる旅の物語-タイ・ラヨーン県にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ゾウ警報?タイのラヨーン県の山中には野生のゾウが多く生息している。私がお世話なっているVISTECは広大な自然に溢れた森の中に立っており、大学構内に、時折ゾウが入り込んでくる。夜間が多いのだが、敷地内の監視カメラにゾウの映像が確認されるとゾウ警報がスタッフ、学生たちのスマホに送られ、注意喚起される(写真1)。私が滞在中にも何度か警報が出たが、まず直接見ることはない。但し大きなヘビやオオトカゲはたまに見ることはある。

私がVISTECを訪問するようになって6年くらい経つが、ゾウ警報の話を聞いたのは、ここ1年ほどのことである。学生数も増え、至る所に安全確保のための監視カメラが導入されたせいかもしれない。一方、今回初めて敷地内を見わたせる展望台に昇ったが、確かに自然が豊かなところだが、思ったより森の其処かしこに建物が建っていた(写真2-4)。ゾウも人を避けながら、森を移動する際、舗装された道を選ばざるを得ないかもしれないし、そのため監視カメラに映ることが多くなったのかもしれない。

VISTECは6年ほど前に創立された大学院大学であり、最新の設備が充実しており、私の所属する研究所より、新しい装置で研究が進められている。そして、予算が潤沢で消耗品も過不足ない状態であり、学生たちには申し分ない研究環境である。但し、教官数が少ないため、各学科の研究室としては4,5講座のみであり、最新の装置類も担当教官の研究に併せたものが多くなり、生命科学の広い分野を網羅出来ないのも事実である。私を含めた招聘教授はそれを埋める意味もあるようだ。とはいえ、外に行くこともままならない学生たちは、先生の叱咤激励に合わせて研究をせざるを得ない環境であるのは事実である。

昨今、日本の大学、研究機関の能力低下が取りざたされているが、タイから見ていても、研究費の不足、研究環境の劣化、さらには管理が優先される中での学生や研究者たちへの制約は大きな問題だろう。これでは、やりたいことができないだろうし、中国などのように資金面も設備面も、さらには研究?意欲も高い国には後塵を拝するのは必然だろう。彼らは後追いしているからこそ便利で楽な近道を知っているし、多勢であることから自らの尺度、ルールで業績を上げることができる。これが、日本の外で起きている世界の現状だ。

さて、ゾウが舗装道路を歩きたくて、歩いているのだろうか?タイの郊外の道路標識にはゾウ注意の看板が目につく。確かに分断された自分の住む森を歩き回るためには道路を横断せざるを得ないだろう。しかし、舗装された近道は森の道なき道を歩くよりは楽であり、その方が目的地に着くのは早いだろう。ゾウも楽を手に入れ、歩きたくて歩いていることもあるように思える。しかし人との接触リスクから、野生のゾウにとって本当に良い選択なのだろうか?

同様に便利な近道を歩く、隣人の研究者は本当に良い道を選んでいるのだろうか?私には、AI技術が1を10にする力はあるが、0を1にする力はないことと同様のリスクを感じている。最新の装置、優れた技術による近道優先の研究にはいつか限界がくるだろう。よって、マスコミが騒ぐ、「中国に負けた、イランにさえ負けた」は、全く本質ではないことを肝に銘じるべきだろう。今こそ、しっかりと地についた“0から始まる研究”に力を入れるべきではないだろうか?そして、そんな研究を応援するべきだろう。
  • 写真1 ゾウ警報が発令された際の映像
    写真1 ゾウ警報が発令された際の映像
  • 写真2 展望台から見た中央の建物がVISTECの研究棟の一部
    写真2 展望台から見た中央の建物がVISTECの研究棟の一部
  • 写真3 展望台から見たVISTEC背面のコーヒー園や周辺の建物
    写真3 展望台から見たVISTEC背面のコーヒー園や周辺の建物
  • 写真4 展望台から見たVISTEC近くの企業の研究施設。
    写真4 展望台から見たVISTEC近くの企業の研究施設。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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