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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2023年10月20日

近江谷 克裕
第116回 Elucをめぐる旅の物語-東京・富山・千葉からルーマニアに-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
10月の剣岳に、これほどの雪があるのは初めてだ。10月は忙しく、東京、千葉での講演会の合間をぬって富山に行ってきた。例年通りの発光ゴカイの採取である。しかし、気圧配置の関係か、風はそれほど強くないのに波が高く、1日目は採取を断念した。2日目に少し海が落ち着いたので採取を行ったが、採れたのは数匹だった。こんなことは初めてだ。

日中、剣岳登山道入り口の一つである馬場島を散策したが、そこから雪に覆われた尾根が確認できた(写真1,2)。馬場島の食堂の御主人によると、つい2週間前には30℃の気温もあり、厳しい残暑が剣岳の麓にも続いたが、一転して寒くなり、雨も降り、10月初旬には珍しく剣岳に雪が確認されたとのこと(写真3)。確かに、暑い夏が続き、急に晩秋がやってきた日本、これも温暖化のせいなのか?こんなに長い夏が今後も続くのか?あるいはさらに夏が長くなるのか?わからないが実際のところだろう。誰も変だと感じる昨今である。

今年の夏は暑く、大阪では8月途中にはセミの鳴き声が聞こえなくなった。なんでも35℃以上の猛暑日が続くとセミは泣き止むらしい。9月の初め、つくばに出張した際のセミの鳴き声が新鮮に思えたのが不思議だと記憶している。長引いた暑さのあとの秋に、発光ゴカイが採れなかったのも、このせいなのだろうか?妙に水温が高く、海水が澄んでいたのが気にかかった。但し、年に数日しか採取しない私たちのように、通年観察しない研究者のコメントには説得力はない。しかし、この10数年、行ってきて初めての経験だ

富山湾は面白い。剣岳の麓から海岸線の魚津には直線でおよそ20Kmしかなく、山と海の距離が近い。よって、立山の雪解けの水はすぐに富山湾に注ぎ込み、ホタルイカやブリなど豊かな漁場を形成しているし、温度差がもたらす蜃気楼も面白い。私たちの大好きなゲンゲも美味しい季節だ。ただ、この数年、リュウグウノツカイやこれまで捕獲されなかった魚が採れるなど、確かに異変を感じる。これも温暖化のなせる業なのだろうか?

私はこの辺が気に食わない。温暖化という言葉の裏に個人の手には負えないという諦め、言い訳になっているからだ。また、責任の所在をあいまいにしているような気もする。ただし、自分たちの問題としてとらえる温暖化にも限界があるのも現実だ。自然界の激変に、一旦入ったスイッチを止めることが難しいだろう。いつか落ち着くかもしれない激変だが、例年通りといわれる自然の平衡状態を待つしかないのかもしれない。そうであったとしても、諦めないで、個人として何かを変えなくてはという気持ちは忘れるべきではないだろう。

さて、私の講演は研究者や学生向けの講演が多く、千葉で久しぶりの一般向けの講演を行った。一般向けの怖さは、どんな相手がいるのか予測不能なことである。そこには、全く科学のイロハを知らない方から、元大学教授が居たりもする。そんな緊張感の中、少しでも皆さんに科学の面白さを知って欲しいとの思いで話すことができたと自己満足した。しかし、いざ質問の時間になったら、私の説明の空回りぶりを思い知らされてしまった。予想ができないのが現実の社会だ。自然はさらに予想できないものかもしれない。

千葉の講演会を終えて、ルーマニア・ブカレストに向かった。空から見る初めてのトランシルヴァニアアルプス山脈の雪(写真4)。これが早いのか、遅いのか、私にはわからなかった。
  • 写真1 立山剣岳の山頂付近は雪。
    写真1 立山剣岳の山頂付近は雪。
  • 写真2 馬場島からみた立山剣岳の山頂付近は雪。
    写真2 馬場島からみた立山剣岳の山頂付近は雪。
  • 写真3 馬場島荘名物の新そば、一日限定15食。
    写真3 馬場島荘名物の新そば、一日限定15食。
  • 写真4 ミュンヘン発の機中からみたトランシルヴァニアアルプス山脈の雪。
    写真4 ミュンヘン発の機中からみたトランシルヴァニアアルプス山脈の雪。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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