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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2024年02月20日

近江谷 克裕
第120回 Elucをめぐる旅の物語-インド・ケララ州にて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
正直、知ったかぶり?思い違いはあるものだ。インドでは牛が神様だから、インド人が牛を食べるはずはないと思っていたら、南インドで美味しい牛肉カレーを食べた。インド人学生のお決まりの歓迎の催しものと言えば、マハラジャダンスやシタールの演奏かと思っていたら、学生たちはラップを刻むかと思えば、ロック音楽を奏でていた。これまで、多くのインドの大学を訪問し、学生たちと交流してきたが初めての体験に、知らないインドがまだあると実感した。

私は南インド・ケララ州のティルバリャのクリスチャン系のMACFAST大学で開催された国際会議に出席、講演した(写真1)。この大学で提供されたカレーで、インドで初めて牛肉を食した(写真2)。ケララ州はキリスト教会の隣にはヒンズー教の寺院があるような地域で、キリスト教徒も多く、ヒンズー教徒や他の宗教とのわだかまりも、他のインド各州からみれば少ないようだ(写真3)。人々も穏やかで、タクシードライバーも気軽に英語で話しかけてくれるし、その穏やかな運転に、これまでインドで体験しなかった心地よさを感じた。

ともすれば、インドはこんなところと言ってしまいたくなるが、デリーやムンバイで感じない豊かさをケララ州では感じた。湖水のボートトリップが有名で、湖水の周りには田園風景が散在し、穏やかな気候と相まって実り多き国土、そして穏やかな人の関係を感じた(写真4)。でも宗教間の争いは少ないが、経済的な豊かさ故か、働き者の女性に対して、男たちは政治談議が好きで、あまり働かないらしい。

話は変わるが、私の研究対象は酵素だが、酵素反応は鍵穴と鍵に例えられる。鍵穴は酵素で、鍵は基質(化合物)となる。では、“鏡の中の鍵”は、本物の鍵と同様に本物の鍵穴に入り、ドアを開けることができるだろうか?なお、鏡の中の鍵とは右手と左手の関係に似ていて、形は同じだが、決して同じではない。さて答えはYESでもNOでもある。面白いことにホタルの反応では、“鏡の中の鍵”は鍵穴に入ってもドアを開けることはできない。しかし、最近、ウミホタルの酵素反応では鏡の中の鍵は、本物の鍵穴に入りドアを開けることできることがわかった。しかも、自然界に存在しない“鏡の中の鍵”の方がしっかり収まるのである。

これまでにない結果に、多くの疑問が生じ、若い研究者に再検討を提案した。やはり結果は同じだったが、“鏡の中の鍵”は鍵穴から抜けにくいこともわかってきた。つまり、ドアを開けることができても、このドアを通じてモノの往来はなかなか進まないのである。つまり、酵素の仕事量を考えるなら、自然界に存在する鍵の方が優秀な鍵であった。ともすれば、研究者のプロとして、酵素とはこんなものだと答えていたが、立ち止まることの大事さを思い知った。データを出す現場を知る若手と同じ目線で研究しなくては、知識を深めていかなくては、と自戒した次第である。今、世界で足りないことは、起こりつつある出来事を知ったかぶりで判断していることではないだろうか。時代は変わりつつある今、経験だけではない柔軟な思考が大切だろう。
  • 写真1 ティルバリャMACFAST大学の端正な校舎。
    写真1 ティルバリャMACFAST大学の端正な校舎。
  • 写真2 南インドの各種カレー、左下が牛肉カレー。
    写真2 南インドの各種カレー、左下が牛肉カレー。
  • 写真3 ヒンズー教寺院の近くの大きな教会。
    写真3 ヒンズー教寺院の近くの大きな教会。
  • 写真4 南インドティルバリャ近くの湖水のボートトリップ。
    写真4 南インドティルバリャ近くの湖水のボートトリップ。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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