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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2024年03月21日

近江谷 克裕
第121回 Elucをめぐる旅の物語-インド・チャンディガールにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
昇りゆく国と沈みゆく国、成長率8%を超えるインドは前者だろう。この2月にインドのチャンディガールで開催された国際学会に出席した。この学会後に、インド北東部に行ったが、その違いは歴然であった。チャンディガールには6年前に訪問していたが、その頃に比べても空港は新しくなり、空港周辺はきれいに整備され、街全体が建設ラッシュの様相をしめしていた(写真1)。

チャンディガールはパンジャブ州、ハリアーナ州の両方の州都であり、1950年代にインド初代首相のネールの構想で新インドの象徴として計画的に作られた都市である。よって、インドの他の街や都市と違い歴史的な建造物もなく、きれいに分割されたセクターから構成されている人工的な街並みである(写真2、3)。半世紀を経て、建物のリニューアルも始まり、この街の豊かさを映し出していた。パンジャブ州自体、ヒマラヤからの水に恵まれた実り多い豊かな大地を持ち、インドの他の地域に比べて格段と経済的に恵まれた州である。

国際会議には日本の企業の方も同行していたので、チャンディガール大学の先生からパンジャブ州の産学で進めるコンソーシアムが紹介され、日本企業の参加を期待しているとの説明を受けた(写真4)。最近のインドでは発展が遅れている地方には国が主導的に大型資金を注入し産学を後押し、ある程度目途がつくと国の資金より民間資金をベースとした産学研究へとシフトしている様である。前者はインド北東部、後者はパンジャブ州のコンソーシアムが、その典型のようである。このコンソーシアムでは農業の安定的な生産、安全、付加価値の付与など、日本でもよく見られるテーマ設定だが、民間資金に大学が踊らせられている感が日本とは違っているように感じた。

ここで参加した国際学会は、国際とは名付けられていても、その参加者のほとんどがインド人である。但し、インド以外に生活するインド人も里帰り参加するから、まあ、国際学会なのだろう。最初に参加したのは2017年であるが、その頃から比べると研究の質が随分向上した。遺伝子の解析やガン組織のイメージングなど、各段に進歩し、日本の国内学会や欧米での国際学会に比べても研究成果には遜色はない。つまり、最先端の装置を使い、生きの良いガン組織、数でこなす小動物実験をすれば、世界にサイエンスの差など無くなる。どこで誰が研究しても、データの質は変わらないのが現状だろう。

日本が沈みゆく国とは言いたくないが、科学技術立国などと言えない時代が到来しつつあることを実感するべきだろう。インドとの比較で感じるのは、国としての方針の明確さの差、基礎研究を含めた研究への官民の投資意欲の差、個々の研究者のモチベーションの差といってしまえば、それまでだが、ここ数年でその差は広がりつつあるように思える。その割には日本の研究者や国民、さらには官僚、政治家に至るまで危機感がないのはなぜだろう。国全体が豊かさ、安寧という幻想の中にいるような気がするのは私の思い過ごしだろうか?
  • 写真1 新しい空港内の風景。スムーズに人が移動できるようになっている。
    写真1 新しい空港内の風景。スムーズに人が移動できるようになっている。
  • 写真2 石の公園と名付けられた人工的な公園には子供たちが見学に来ていた。
    写真2 石の公園と名付けられた人工的な公園には子供たちが見学に来ていた。
  • 写真3 遠くにヒマラヤ山脈の南端が見える人工的に作られた湖。
    写真3 遠くにヒマラヤ山脈の南端が見える人工的に作られた湖。
  • 写真4 コンソーシアムのテーマはズバリ、農薬の軽減、そして農業生産管理。
    写真4 コンソーシアムのテーマはズバリ、農薬の軽減、そして農業生産管理。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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