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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2024年10月22日

近江谷 克裕
第128回 Elucをめぐる旅の物語-ルーマニア・トランシルヴェニアにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ルーマニアにいると顔立ち(容貌)と顔つき(表情)の違いが気になる。建前上、ルーマニアには80%のルーマニア人と20%のハンガリー人がいることになっている。しかし、ルーマニアの中には10%程度を占めるロマ人がいることにもなっている。また、残りのルーマニア人といっても、ローマ人が征服する前のダキア人(ダチア人が正しいだろう)、占領と共にやってきた古代ローマ人(これもラテン、ゲルマン人等から構成される)、ローマ帝国崩壊以降に来たスラブ人やサラセン人などの多民族を背景としているので、ルーマニアの人々の顔立ちは多様で、髪の毛の色も、黒、赤、茶、金と多彩である。日本、アジアに居ては感じない多様性、その違いの大きさを感じる。言い方は悪いが、街角のカフェで人を見ているだけで飽きない。

しかし、表情となると、実は1989年のチャウセシク失脚以後の、当たり前の民主主義で育った若い人とそうでない人の間にはちょっとした違いを感じる。若い方はまったく屈託なく、日本の若者より、社会に肯定的な明るさを感じる。一方、チャウセシク時代に大人或いは青年期だった方々には、明るさの中に、たまに陰影を、曇った表情を感じることがある。そこには戻りたくないという意識を感じるし、猜疑心がどこかにあるのかもしれない。よって、若者たちに対する複雑なまなざしを向けるのもわかるような気がする。事実、私のホスト研究者であるカルメン教授は、学生やポスドク達に対し、「今の若い人らは」と愚痴ることがある。

今回はブカレストに滞在していたが、週末、トランシルヴェニア地方に行き、山歩きをした(写真1,2)。ここで出会った方々の顔つきが、また都市部と異なるものを感じた。ルーマニアはバルカン半島の中では有数な工業国であり車も生産できるが、かたや農業国としても小麦の輸出国でもある。地方で見た少しお年を召した方々に刻まれた皺には、自然と戦ってきた生き様を物語っていたが、その笑顔は都市部で見たことがない屈託のなさを感じる。大地に根付いた人特有のものかもしれないが、昔、どこかの映画で見た農民の姿であった(写真3)。ブカレスト市内では感じない豊かさを感じた。

トランシルヴェニア地方はワインの生産地として有名だが、ルーマニア各地には個性的なワインがたくさんある。面白いことに、生産されたワインの9割以上が国内で消費される。つまり、大酒飲みの国なのである。仲良くなったワイン店のオーナーは丁寧にルーマニア国内のワイン事情を説明してくれ、地方ごとに異なるワインの個性を教えてくれた(写真4)。ワインもまた、その風貌と味わいも多彩なようだ。彼は何を食べるのかを質問し、その時の味付けまで聞き、ワインを選んでくれる。サーモンをシンプルに塩、コショウで食べると言ったら、どこそこのワインがイイと選んでくれた。違いの面白さがルーマニアらしさなのだろう。

話は変わるが、日本にいると時々違和感をもつことがある。日本は島国だが、古代から外洋の国々との交流もある。よって、それなりに民族の交流によって形成されたのが現代の日本人と思うが、単一民族という幻想の上に、また、現代において、それなりの心地よい環境のためか、“違うこと”に対して、寛容性が乏しい気がする。ルーマニアの混ざりあったことが前提の国とは、どこか違うのである。同じ日本で暮らすのだから、世代間、地域間の違い、さらには民族の違いも、個性として認めても良い時ではないだろうか?
  • 写真1 ブラショフ市郊外の山から望むトランシルバニアの大地。
    写真1 ブラショフ市郊外の山から望むトランシルバニアの大地。
  • 写真2 トランシルバニアの名城ブラン城、別名ドラキュラ城。
    写真2 トランシルバニアの名城ブラン城、別名ドラキュラ城。
  • 写真3 ブラショフで出会った気のイイおじさん(右端)が採ったキノコ。
    写真3 ブラショフで出会った気のイイおじさん(右端)が採ったキノコ。
  • 写真4 ブカレスト市内のお気に入りのワインショップ。
    写真4 ブカレスト市内のお気に入りのワインショップ。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員、研究部門長、首席研究員を経て退職、2025年より大阪工業大学、ブカレスト大学客員教授として研究を継続する。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。
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