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ルシフェラーゼ連載エッセイ
連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~
生命科学の大海原を生物の光で挑む
投稿日 2024年11月20日

- 第129回 Elucをめぐる旅の物語-インド・デリーにて-
- 近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
インドにはアユラベータを中心としたAyush(アユシュ)省がある。これは財務省や外務省と同レベルの国を代表する行政機関ということになる。モディ首相はインド伝統医療、文化の世界発信を狙い、省に格上げしたようだ(一方、科学技術は庁レベル)。私は10月にAyush省傘下のアユラベータ研究所(AIIA)主催の国際会議に出席した。さすがモディ首相の肝いりの研究機関の開催であり、大いに盛り上がっていた(写真1、2、3)。この会議での話題の一つが、ヨガを含むアユラベータの世界標準化であった。アユラベータの世界標準をインド人が主体で、インドのために標準化できる?のか、頭の中は「はて?」の文字が広がった。
10月9日、横浜で開催されたBioJapanでのバイオインダストリー大賞、奨励賞の表彰式に参加した。私は奨励賞の選考委員の一人でもあるが、ここで特に感銘を受けたのが、特別賞を受賞した「再生医療周辺産業の国際標準化開発とそれに基づく製品認証制度の構築」である。10年以上、地道且つ戦略的な活動が生み出した国際標準は、日本社会がもっと誇るべきものと思えた。私もISOやOECDのガイドライン化に関わってきたが国際標準化の道は容易なものではない。彼らは再生細胞の運搬容器の標準化を起点に進めたようだ。各国の利益に関わるものだからこそ、その道は険しいものであることは言うまでもない。よって、インドの会議で語られるアユラベータの国際標準化には、何ら戦略性を感じなかった。掛け声としての、或いはモディ首相に対するポーズとしてのものとしか理解できず、現実性も感じなかった。これからどう進めるのか、掛け声で終わるのか、でも、したたかなインド人のこと、意外な展開も気にはなる。
アユラベータは人間の本源的な内なる力(チャクラ)を引き出すための医療行為であり、生活習慣を含めたものがAyushということらしい。よって、国際会議ではインドの天然物由来の薬の話もあれば、マッサージを含めた医療行為、さらには生活習慣の改善、SDGsにも話題は広がっていた。アユラベータがアジア全体に及ぼした影響は大きく、医食同源の考え方もAyushが根源なんだろう。モディ首相がインドの発信力として、世界標準にしたいのもわからないことではない。西洋医学との根本的な哲学の違いを認めさせたい気持ちもあるだろう。
しかし、アユラベーダ研究所の内はきれいだが、外はお世辞にもきれいとは言えない。この講演会でもマラリアの問題が議論されていたが、日本は台湾統治時代にマラリアの絶滅にほぼ成功している。簡単なことで、インドでも街をきれいにし、マラリア蚊の棲まない環境を作ればよいのである。内なる力がすべてではないはずだ。環境、貧困問題こそ重要ではないのか。
一方、日本人は“内なるもの”も大事だが、住み方など“外なるもの”を重視しているのではないだろうか?私が世界を旅していて感じる日本の特異性の一つは「暮らし方文化」にあると思っている。特に玄関で靴を脱ぐ“畳文化”、公衆浴場を含めた“風呂文化”、下水を含めた清潔な“トイレ文化”などなど、中国やインド、さらには欧米とも異なる「暮らし方文化」は貴重なものだ。医食同源に対して、医住同源の発想かもしれないが、アユラベーダ的な“内なるもの”に対し、「暮らし方」という“外からなるもの”の考え方が日本のユニークさなのかもしれない。そう考えた時、日本が発信できる世界標準はまだまだあるはずだ。
10月9日、横浜で開催されたBioJapanでのバイオインダストリー大賞、奨励賞の表彰式に参加した。私は奨励賞の選考委員の一人でもあるが、ここで特に感銘を受けたのが、特別賞を受賞した「再生医療周辺産業の国際標準化開発とそれに基づく製品認証制度の構築」である。10年以上、地道且つ戦略的な活動が生み出した国際標準は、日本社会がもっと誇るべきものと思えた。私もISOやOECDのガイドライン化に関わってきたが国際標準化の道は容易なものではない。彼らは再生細胞の運搬容器の標準化を起点に進めたようだ。各国の利益に関わるものだからこそ、その道は険しいものであることは言うまでもない。よって、インドの会議で語られるアユラベータの国際標準化には、何ら戦略性を感じなかった。掛け声としての、或いはモディ首相に対するポーズとしてのものとしか理解できず、現実性も感じなかった。これからどう進めるのか、掛け声で終わるのか、でも、したたかなインド人のこと、意外な展開も気にはなる。
アユラベータは人間の本源的な内なる力(チャクラ)を引き出すための医療行為であり、生活習慣を含めたものがAyushということらしい。よって、国際会議ではインドの天然物由来の薬の話もあれば、マッサージを含めた医療行為、さらには生活習慣の改善、SDGsにも話題は広がっていた。アユラベータがアジア全体に及ぼした影響は大きく、医食同源の考え方もAyushが根源なんだろう。モディ首相がインドの発信力として、世界標準にしたいのもわからないことではない。西洋医学との根本的な哲学の違いを認めさせたい気持ちもあるだろう。
しかし、アユラベーダ研究所の内はきれいだが、外はお世辞にもきれいとは言えない。この講演会でもマラリアの問題が議論されていたが、日本は台湾統治時代にマラリアの絶滅にほぼ成功している。簡単なことで、インドでも街をきれいにし、マラリア蚊の棲まない環境を作ればよいのである。内なる力がすべてではないはずだ。環境、貧困問題こそ重要ではないのか。
一方、日本人は“内なるもの”も大事だが、住み方など“外なるもの”を重視しているのではないだろうか?私が世界を旅していて感じる日本の特異性の一つは「暮らし方文化」にあると思っている。特に玄関で靴を脱ぐ“畳文化”、公衆浴場を含めた“風呂文化”、下水を含めた清潔な“トイレ文化”などなど、中国やインド、さらには欧米とも異なる「暮らし方文化」は貴重なものだ。医食同源に対して、医住同源の発想かもしれないが、アユラベーダ的な“内なるもの”に対し、「暮らし方」という“外からなるもの”の考え方が日本のユニークさなのかもしれない。そう考えた時、日本が発信できる世界標準はまだまだあるはずだ。
写真1 なぜか?国際会議のゲスト講演者は最高裁判所所長であった。
写真2 最高裁判所所長の警護に自動小銃を持つ兵士にはびっくり。
写真3 最高裁判所所長の撮影に怒号が飛び交うマスコミ取材班。
写真4 アユラベーダの世界観を表す砂絵にチャクラの本源が描かれている。
- 著者のご紹介
- 近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員、研究部門長、首席研究員を経て退職、2025年より大阪工業大学、ブカレスト大学客員教授として研究を継続する。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。