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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2025年02月21日

近江谷 克裕
第132 回 Elucをめぐる旅の物語-インド、ラクノーにて-
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ラクノー空港からホテルまで、いくつの結婚式のセレモニーに出会った。とにかく、にぎにぎしい行列に唖然とした。新郎が乗った馬車の前では音楽隊が楽器を奏で、新婦の待つ式場まで行進するらしい(写真1)。このため、道は渋滞し、その渋滞にイライラしたドライバーのクラクションが重なる。インドらしい騒音に包まれ、これぞインドという場所である。最近、デリー市内でもここまでの騒音を感じなかったので、思わずうれしくなった。

ラクノー(別名ラクナウ)はデリー南東500Kmにある人口300万人近い、ムガール帝国の古都である(写真2)。数々の伝統的な建造物も多く、また繊維産業が盛んで、特に、チカン刺繍という独特の凹凸を持つ織物が有名な街でもある。私の友人のレヌー博士は、もちろん、チカン刺繡のドレスを購入した。この手の店での売買交渉が面白くて、毎回、ショッピングに付き合うことにしているが、インド人同士の交渉は見ている分には楽しい(写真3)。とにかく丁々発止のやり取りがすごい、お互いに真剣勝負なのだ。その点、私の交渉術は甘く、次から次に紹介されるものを適当にあしらうことができず、早めに降参して購入するはめになる。インド人との交渉は常にタフだが、私には無理筋だ。

ラクノーは古都でありながら、国の農業、生命科学、環境関連の研究機関が多い街でもある。今回は3回目の訪問だが、これまでは空港近くの研究機関の訪問が多く、中心部に初めて滞在した。中心部には華やかなムガール帝国の建物や寺院が多く点在し、そこには多くの人々が行き来する商都の顔も持っている(写真4)。11月末にインド訪問の3番目の都市として、農業や環境関連のサステナビリティをテーマにした国際会議に参加した。さすが3か所目となると疲れてしまい。また、そろそろインドのごはんにも飽きる時期であるが、出されたものを食べるのが礼儀なので、ビールを飲みつつ乗り越えることができた。

この街でも感じるのはインドの躍動感だろう。そして、若い人にもチャンスを与える力があることだろう。これまでつくばの研究所で、インドの若手研究者相手にイメージングワークショップを何度か開催してきており、その参加者は100名を優に超えている。今回もうれしいことに参加した若手が国立環境研究所にポストを得て、イメージングラボを運営していた。多くの装置に囲まれ誇らしげに語る彼の姿が清々しかった。また、私たちに対する感謝の念は十分に理解できた。但し、問題は私が彼のことを憶えていないことであった。私は人を憶えるのが苦手で、特に個々のインド人を識別する能力に欠けているようだ。滞在中の彼の温かい配慮?大好物のビールを時間外でも持ってきてくれた点は感謝、感謝であった。

話は戻るが、日本では結婚式を一つのゴールとしてセレモニーを行う向きもあるが、インドではゴールというより、スタート地点として考え、にぎにぎしく行っているように思える。今でも場合によっては家同士の格式で結婚が決まり、結婚式というセレモニーが始まりという例もあるようだ。実はインド人は共同研究を始めるにあたっても、にぎにぎしくセレモニーを行いたがる。日本人からみると具体的な内容は詰まっていなくても、セレモニーが開始されたことに違和感を覚えるが、彼らにとっては、これが始まりなのだろう。そこが出発点なのだろう。さすが、ゼロを生み出した国だ。セレモニーこそ、人間関係のゼロ点なのだろう。 
  • 写真1 この日はラクノー市内で、4台の新郎の馬車を見た。
    写真1 この日はラクノー市内で、4台の新郎の馬車を見た。
  • 写真2 ラクノー市内にはムガール帝国時代の歴史的な建造物が多くある。
    写真2 ラクノー市内にはムガール帝国時代の歴史的な建造物が多くある。
  • 写真3 チカン刺繍の衣料店での交渉の様子、助手がすかさず、次を出す。
    写真3 チカン刺繍の衣料店での交渉の様子、助手がすかさず、次を出す。
  • 写真4 ラクノー市内の中心街は人でにぎわっていた。
    写真4 ラクノー市内の中心街は人でにぎわっていた。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員、研究部門長、首席研究員を経て退職、2025年より大阪工業大学、ブカレスト大学客員教授として研究を継続する。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。
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