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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2014年06月12日

近江谷 克裕
第4回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- サンパウロにて -
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
ブラジルにいる楽しさは、多様性と均質性の心地良さかもしれない。前回、掲載した美女たちもまた、アングロサクソン系、アジア系、そしてラテン系と多様だが、まさに心はブラジル人であり、おおらかで飾らない性格は、接していて心地良い。アジア系の中心は、古くからの移民である日本人。今は3、4世の方々が中心であるが、顔は日本人でも、本当にオーバーアクションで飾らぬ明るさは、日本にいる我々とは随分違っている。人の性格は遺伝子より環境だと思う瞬間である。

ブラジルの自然を見ても感じることは圧倒的な多様性である。十数年前のことだが、初めて訪れたサンパウロ大学の演習林。そこはピューマも生息するといわれるほどの森林であった(写真1)。我々は数日間、ここに滞在しViviani博士の発光生物の採取に同行した。採取は夕方から深夜まで及んだが、20種程度の発光甲虫を一日で取集することができた。中には、同じホタルなのに、時間と共に、というより気温が低下すると共に発光色を変化させるものがいた。また、この森でElucの生みの親ヒカリコメツキムシにも出会った。日本の発光甲虫は40数種だから、種類の多さは驚愕すべきレベルである。

生物発光の光はルシフェリン・ルシフェラーゼ反応という酵素が触媒する化学反応であるが、発光甲虫の光は、同じルシフェリンであっても緑色〜赤色である。発光色は酸化したルシフェリンの励起した状態のエネルギーに依存し、それを酵素であるルシフェラーゼが制御する。この場合、波長が短いほど、つまりは緑色であるほど励起状態のエネルギーは高いことになる。ここでユニークな点は、ホタルの発光は反応温度やpHに依存して光の色は変化するが、ヒカリコメツキムシや前回紹介した鉄道虫では光の色は変化しない(これも酵素の性質)。よってホタルの中には前述したように、気温が低下すると共に色を微妙に変化するものもいる。

ヒカリコメツキムシの第一印象は、「光の玉」である(写真2)。それほどヒカリコメツキムシの緑色の光は強いものであり、これはバイオ産業で使えると直観した。Viviani博士と私たちの研究グループはヒカリコメツキムシルシフェラーゼの実用化を見据えた共同研究を開始した。本ルシフェラーゼ遺伝子を哺乳類細胞で発現させた結果、市販のホタルのルシフェラーゼに比べて大変明るいことがわかり、これなら微妙な遺伝子発現の変化にも対応できることがわかった。まさにElucはエメラルド色のイイルックなのである。

では、ブラジルには発光甲虫は何種類いるのか?友人のViviani博士はアマゾン流域にも調査の手を伸ばし始めた。しかしながら、彼はここで大きな憤りを感じている。バイオエタノールを生産するための大規模農場の出現、そのため森がどんどん消失しているのである。彼が調べ上げる前に発光生物がいなくなっているのである。この多様性の消失に伴い、ブラジルでは気候変動が急激に進んでいる。今年は特に雨が少ない。自然界における多様性と均質性のバランスが崩れつつあるのではないか。最近の報道によると暴動の多発など、ブラジル人の心の中の均質性も失われるようで、少し心配である。
  • 写真1:サンパウロ周辺の
大西洋熱帯雨林の様子
    写真1:サンパウロ周辺の
    大西洋熱帯雨林の様子
  • 写真2:ヒカリコメツキムシは胸部背中に
1対、腹部に1つの発光器を持っている。
照明をものともせず光っている。
(円中)背中の発光器の光
    写真2:ヒカリコメツキムシは胸部背中に
    1対、腹部に1つの発光器を持っている。
    照明をものともせず光っている。
    (円中)背中の発光器の光
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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