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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2014年07月18日

近江谷 克裕
第5回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- インドにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
チベット高原が大好きである。2-3,000メートルの高地の空の青さ、風の音がたまらなく好きなのである。昔の人は風の音が神の啓示に聞こえたに違いない。さて、5月にインド、スッキム地方を訪問した。地図を見ていただければ、北はチベット、西はネパール王国、東はブータン王国といったチベット高原への入り口がスッキムである。高度400メートルから8,000メートルに及ぶヒマラヤ山脈を含む一帯でもある。ものの本を読むと、以前はスッキム王国であり(写真1)、1970年代にインドに併合されたことになっている。この近くにダージリンやアッサムとお茶の産地があり、スッキムもまた、紅茶で有名な場所であり、英国統治時代は避暑地であった。デリーは40度を超す気温なのに、スッキムの朝晩は10度近くまで下がり、私は風邪をひいてしまった。

今回の旅はスッキム大学(創立2007年の若い大学)で開催されたバイオテクノロジーワークショップ(写真2)でルシフェラーゼの話をするためである。私の所属する産総研ではインド内の研究機関と連携、昨年、インド政府の資金を元にジョイントラボを産総研内に設立した。来年はインド内に設立することになっている。今回の訪問もその一環で、発光生物を採取する時間はなかった。スッキムは生物多様性の宝庫であり、しかも開発は進んでいないので、生物の楽園である。いつかスッキム大学の学生と共に発光生物を採取してみたい。

インドは民族が驚くほど多様である。ユーラシア大陸のすべての民族が凝集され、ふと街角で出会った顔が、欧州で、中東で、或は東アジアで見かけた顔と見間違ってしまう。でもよく見ると少し違っている。それは細かいグラデーョンのようなものであり、要は広いスペクトルの民族構成である。日本の場合、醤油顔やソース顔程度の狭いスペクトルであるのに対してである。スッキムでは他のインドの地方から見ると東アジア顔の比率が高いが、今回一緒に旅したダージリン出身のKaul博士にかかると、Aはネパール人、Bはスッキム人、Cはインドのベンガル人と、見慣れた人にはさらに細分化できるようである。

ところで、生物発光の光はLEDの光と違い、広いスペクトルである。例えばゲンジホタルの黄緑色の光は500〜600nm、つまりは緑から赤色のすそ野を持った光である。では前々回紹介した細胞が発する緑色と赤色の光を別々に測定できるかということになる。これを解決したのは、友人である東大物性研究所秋山先生である。彼は2色なら一枚のフィルター、3色なら二枚のフィルターで分離、計測できることを教えてくれた。こんなことは物理の常識と彼は言ったが、特許を出願したところ簡単に成立した。これは10年前ことだが、毎年いただけるロイヤリティーに感謝する一方、異分野との交流、共同研究の重要さを教えてくれる出来事である。

スッキムで驚いたことは、この地方には入るためには再度、パスポートの確認、滞在許可が必要なことである。目に見えないフィルターが特定の人たちを排除しているのである。世界を歩いていると、この目に見えないフィルターの存在が世界の緊張を嫌が上でも感じさせることになる。民族や人種に対するフィルター、貧困に対するフィルター、ジェンダーに対するフィルターなどなど。科学の分野ではフィルターはその進歩に大いに貢献したが、目に見えないフィルターはあまり世界の平和には貢献していないようである。
  • 写真1: 1969年の地図ではスッキムは
独立したスッキム王国である。
因みにバングラデシュはパキスタンである。
    写真1: 1969年の地図ではスッキムは
    独立したスッキム王国である。
    因みにバングラデシュはパキスタンである。
  • 写真2: スッキム大学の学生たち、
民族衣装も随分多様である。
    写真2: スッキム大学の学生たち、
    民族衣装も随分多様である。
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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