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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2014年11月13日

近江谷 克裕
第9回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- シベリアにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
皆さんはご存じでしょうか、シベリア病?たぶん男性にのみ罹患する不思議な病気。私は7月に半月ほどシベリア・クラスノヤルスク市のロシア科学アカデミーの研究所に滞在した。シベリアに居ると観光客も、外国人もほとんどいない。よって、大半は白系ロシア人となり、びっくりするほどシャラポアみたいな8頭身、9頭身の女性がいる。すると不思議なことに、男性の目はこれが当たり前の状況となる。これが病気の始まり。最初に降り立ったアジアの空港で、どうもヒトの姿に違和感を持ってしまう。自分の姿を棚に上げて言うが、不思議な感覚である。女性には言いにくい、大変失礼な病(やまい)である。

クラスノヤルスクはシベリアの東西の真ん中に位置し、アルタイ山脈を源とするエニセイ川のほとりに位置する。エニセイ川は5,000Km以上の長さがあるが、クラスノヤルスクから河口までは、まだ4,000Km近くある。それでも場所によっては川幅が数百メートルとなるのだから、シベリアの大河は本当に大河である(写真1)。街は17世紀から発展、多くの歴史的な建造物が立ち並ぶ百万都市。訪問したのが真夏であり、多くの若い女性が深夜まで野外で食事をしている姿が印象的であった。食べ物もおいしく、日本人のいない寿司屋が数件ある。

私の友人のEugene S. Vysotski博士は生物物理研究所シベリア支部の光生物学ラボに所属する。ロシアは伝統的に生物発光の研究が盛んであり、彼もソ連時代から発光生物の研究を続けている。彼のラボには7,8名の研究員がいるが、ロシアの特徴として女性研究者が多い(写真は美女3人)。昨年、シベリア連邦大学で講義をしたが、8割が女性であった。彼の説明では、理系でも物理、化学は男性が多いが、伝統的に生物は女性が多いとのことであった。少し恥かしがり屋さんが多いが、英語も上手いし、一生懸命に勉強する。彼のラボのアクティビティの高さも女性の力である。

Vysotski博士との最初の出会いは今から20年くらい前になる。ハワイで開催された生物発光シンポジウムである。しばらく、交流はなかったが、国際学会で会う度ごとに親しくなった。一つは私も彼も発光生物の研究が好きだからであろう。彼は、出会った当時からクラゲの発光タンパクの研究を続けているが、自分の力で、ソ連時代からアメリカ人のJohn Lee先生と共同研究を続けてきた。学問は国境、人種を越えた知の探究であると私は思うが、彼はまさに、それを地で行く気骨ある研究者である。クラゲの発光タンパクはカルシウムイオンで青色の光を発するが、彼の研究により緑色の発光する変異体も作られており、我々は細胞内の異なる細胞小器官のカルシウムイオンを、異なる発光色で同時に計測することを計画している。

辺見じゅんの「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」を読むと、シベリアには65万にもの日本人が抑留されていた。クラスノヤルスクにも収容所があり、多くの日本人がシベリアの森と格闘したのだと思う。この街では、その当時の建物もまだ十分に活用されているが、抑留された日本人の力なのかもしれない。シベリアは起伏が無いように思われがちだが、この街は山もあり、水も豊かである。日本の風景に少しだけ似た山や川が、抑留された方々の慰めになったのではないかと想像して、少し悲しくなった。但し、ここはソ連時代の政治犯もまた収容された場所である。ロシア人もまた、時代の流れの中で苦労したことを忘れないで欲しい。
  • 写真1:クラスノヤルスク市での
エニセイ川の風景
    写真1:クラスノヤルスク市での
    エニセイ川の風景


  • 写真2:Vysotski博士のラボメンバーの
記念写真
    写真2:Vysotski博士のラボメンバーの
    記念写真
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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