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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2014年12月16日

近江谷 克裕
第10回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- プラハにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
プラハは中世の姿を色濃く残す街だが、ちょっと危険な匂いがする。といって、私自身が危険な目にあったわけでなく、一緒に学会に参加した日本人数名が盗難の被害にあった。私もベルギーを旅した時、盗難にあったことがある。幸運にも居あわせた親切なベルギー人に助けられ地元の警察に被害届を出し、最後はパトカーでホテルに送ってもらった。担当の警官に事情を説明すると、「随分クラシカルな手にやられたね」と言われたことも、今はいい思い出である。

ただ、プラハでは盗難ではないが、何度も危うい目にあった。迷子になるのである。プラハの街には直線の路が少なく、先を見通すことは難しい(写真)。また、目線の街並みがあまりにも似ている。パブで飲み終えたホテルへの帰り道、なぜか帰れないのである。いつのまにか、同じ場所にいる。もらった地図がアバウトなのか、ビールがおいしすぎて飲みすぎたのか、雨の中、酔いがさめる危うい思いをした。

プラハ訪問は国際動物実験代替法学会WC9への出席である。本学会では、私たちが開発した二色の異なる発光色のルシフェラーゼ遺伝子を導入した細胞を用いた化学物質の免疫毒性評価法を報告した。また、我々の技術と鳥取大学の押村先生(写真)の人工染色体技術を融合することで安定な評価細胞が樹立できたことも報告した。特に、後者の発光技術と人工染色体技術の融合は新しいブレークスルーになると世界に先駆けて報告した。

少し専門的になるが、単なる遺伝子導入で作成した評価細胞の安定株は、培養を繰り返すと細胞内に導入された外来遺伝子がエピジェネティックな作用を受け、その能力は変化する。それに対し、人工染色体を用いてレポータとなるルシフェラーゼ遺伝子群を組み込んで評価細胞を作成した場合、エピジェネティックな影響は少なく、評価細胞は培養を繰り返しても同じ結果を示す。実験動物に代わる細胞をベースとした安定な評価系として申し分ない出来である。

しかしながら、日本発の独創的な研究成果は毒性評価の世界を一変できる先進的な技術であるにも関わらず、あまり発表会場内では注目されなかった。宣伝不足もさることながら、この学会の特質なのかもしれない。失礼な言い方かもしれないが、薬の種を探す研究は前向きだが、化学物質の毒性を知らせる研究は後ろ向きのように思える。つまり、毒性評価の世界はOECDが牛耳る先進国のシステムであり、欧米の先進国が損をしない協調的な手法が重宝される。そのせいか、どうも日本の抜け駆け的な先進技術はアウエーのような気がした。

さて、どうしてプラハの街では迷子になりやすいのか?プラハは東欧の要所であり、何度も戦いの舞台になった。その中で人々は攻めにくく護りやすい街として、私のような人間が迷子になりやすい街を作ったのであろう。ところが、旅人の中には全く迷子にならない連中もいる。しっかりと携帯のナビシステムで目的地を探していたのである。人工衛星は偉大である。イノベーションとは、一見関係ないものの融合なのかもしれない。同じように発光技術と人工染色体の融合も、必ずや大きなイノベーションになるはずである。 
  • 先を見通せないプラハの街並
    先を見通せないプラハの街並


  • 学会会場での押村先生
同志社大学の森さんとの一コマ
    学会会場での押村先生
    同志社大学の森さんとの一コマ
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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