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ルシフェラーゼ連載エッセイ

連載エッセイ ~Elucをめぐる旅の物語~

生命科学の大海原を生物の光で挑む

投稿日 2015年01月13日

近江谷 克裕
第11回 ルシフェラーゼElucをめぐる旅の物語
- アブダビにて
近江谷 克裕
産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門
真っ青な天上から地上に目を落とすと、いつのまにか砂色の大地となる。5日間滞在したが、毎日が雲一つない世界がアブダビだ。これがアラブの世界なのだろう。10月末だから、少しは過ごしやすいと言われても、陽が傾かないと外に出られたものではない。目一杯のエアコンで冷え込んでいる部屋から見る街は大都会であった。 

今回の旅は、友人がいるニューヨーク大学アブダビ校を訪問、共同研究の打ち合わせである。ニューヨーク大学は世界に分校を経営。ここアブダビでは政府の資金を得て、授業料無料で世界から優秀な学生たちを集めている。現在の学生数はそれ程、多くはないが、四期計画まで進めば一万人規模の大学になるとのことである。要塞なような校舎は2階までは教室や研究室。その上の階は広場でつながり、何棟もの学生用の宿舎があった(写真1〜3)。

学生たちは世界から集まった秀才ばかり。構内で会うとよく挨拶をしてくれたのが新鮮であった。食堂で出会った韓国人の女子学生は明るく、ここでは文化系の学部に所属、夏休みに研修で訪れたグルジア共和国(英語名:ジョージア)の話を教えてくれた。新しいタイプの、国籍とは無関係な人材が確実に、世界では生まれていると感じた。

さて、友人であるPanche Naumov博士(写真4)は大阪大学、京都大学にいたことがあり、数年前に共著で論文を書いたことがある。日本では研究環境がちょっと窮屈であることから、このアブダビの地を研究場所として選んだらしい。彼は物質の励起状態の化学を専門とし、実験、理論で優れた論文を発信する30代半ばの気鋭のマケドニア出身の研究者である。

生物発光は基質である化合物が酸化して高いエネルギー状態になり、それが基底状態に戻る時、熱エネルギーではなく、光エネルギーとして放出されたもの。光の量や色はこの励起状態によって決められる。ゆえに彼の励起状態を探る研究は生物発光では重要なテーマである。一般に、生物発光では基質ルシフェリンが酸化され、その励起状態で自身が光を発することになる。そのためには酸化した状態のルシフェリンは蛍光性をもつ。

常に世の中には例外が存在。それが新たな科学を生み出すが、私の信条である。ルシフェリンといわれるものの中には酸化した状態で蛍光性を持たないものがある。渦鞭毛藻類の発光などが代表例である。我々は、今、励起状態が不明な生物発光を研究したいと思っている。滞在中、多くの時間を討議にあてたが、終了後は、余熱の残るレストランのテラスで、中東料理と近隣の国々のワインで過ごす時間は快適そのものであった。

数十年前、アブタビやドバイはただの貧しい漁師街だったが、オイルマネーにより一変した。しかし現在、この街の持つ強さはオイルだけではない。地の利は他国に比べて格段である。中南米、欧州、アフリカ、アジア、オセアニアと世界中の国々と直行便という一本の線で結ばれている。よって学生たちは世界中から乗換なしにこの国に来るし、研究用の試薬も翌日には届く。イノベーションを起こすには好都合だ。とはいえ、サウジやクェートより自由な戒律で過ごしやすいとは言うが、アラブ人と他の民族との待遇の違いは私には気持ちの良いものではなかった。
  • 写真1:ニューヨーク大学構内
1, 2階は研究室や講堂、3階以上はレジデンス
    写真1:ニューヨーク大学構内
    1, 2階は研究室や講堂、3階以上はレジデンス
  • 写真2:ニューヨーク大学の緑の回廊
    写真2:ニューヨーク大学の緑の回廊
  • 写真3:ニューヨーク大学から望む
アブダビのビル群
    写真3:ニューヨーク大学から望む
    アブダビのビル群
  • 写真4:友人であるPanche Naumov博士
    写真4:友人であるPanche Naumov博士
著者のご紹介
近江谷 克裕(おおみや よしひろ) | 1960年北海道函館市に生まれる。1990年群馬大学大学院医学研究科修了。ポスドクなどを経て、1996年静岡大学教育学部助教授、2001年より産業技術総合研究所研究グループ長に就任、2006年10月より北海道大学医学研究科先端医学講座光生物学分野教授に就任、2009年より再び産業技術総合研究所研究主幹研究員を経て、2012年より現産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門研究部門長に就任。生物発光の基礎から応用まで、生物学、化学、物理学、遺伝子工学、そして細胞工学的アプローチで研究を推進する。いまでも発光生物のフィールドワークがいちばん好きで、例年、世界中の山々や海で採取を行っている。特に中国雲南省、ニュージーランドやブラジルが大好きである。
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